鍵を売らない鍵師
カリエドの鍵は、ほとんど売れなかった。
彼が作る錠前は壊れにくく、持ち主が替わっても内部の紋様を書き換えて使える。買い替えが起きないため、金物商会での売上寄与は4%。商会主は展示棚を叩いた。
「何度も売れない品は商売にならん。壊れやすい型へ変えろ」
カリエドは細工鑿を置いた。彼の錠前が守っていたのは扉だけではない。荷主は盗難を恐れず高価な品を預け、保険組合は掛金を下げ、遠方の商人も倉庫契約を結んだ。錠前が売れないほど長持ちすることが、周囲の売上を増やしていた。
商会主は薄い金具の新型を大量に並べた。価格は安く、交換需要も見込める。だが盗賊は音も立てずに開け、倉庫から宝石と薬材が消えた。荷主は契約を打ち切り、交換用の錠前を買う前に商会を去った。
保険組合の査定官が被害現場を調べ、古いカリエド錠だけが破られていないと報告した。商会主は苛立つ。
「丈夫でも、売上票は増えない!」
すると倉庫壁の《信用保全盤》が開いた。錠前の販売額ではなく、その安全性を理由に預けられた荷、結ばれた保険、成立した取引を算定する盤だった。倉庫契約の光が次々とカリエドの鑿へ戻り、安い新型の札は盗難届へ沈んだ。
盤が冷たい文を刻む。
《交換需要を作ったのは故障であり、信用ではない》
荷主たちは古い契約書を広げた。保管先を選ぶ条件欄には、商会名より先にカリエド錠の使用が記されている。商会主は自分の営業力だと主張したが、署名した商人たちは口を揃えた。「あなたを信じたのではない。あの錠を破れないと知っていた」信用保全盤は商会主の営業札を暗くし、鑿の印だけを残した。
カリエドは戻る条件として、商会主の執務室にも自作の錠を付けた。ただし外から閉めるためではない。新しい保全規定へ署名するまで、商会印を勝手に持ち出せなくするためだった。
商人たちは、新しい局長へ鍵束を預けた。
倉庫主たちは盗まれず残った荷を商会前へ運び、カリエド錠の付いた扉だけが信用を守ったと示した。保険組合も、彼の規格を採用する倉庫には契約を戻すと告げる。商会主が交換需要の利益を説明しても、荷主は壊れた後の値引きより壊れない前提を選んだ。カリエドは新型錠を作った若者を追放せず、安さを生かせる室内箱へ用途を変える。ただし交易倉庫の錠は保全試験を通過させた。商会主の執務室からようやく印が出されたとき、それを押す権限はもう彼にはなかった。
《真価確定:カリエド 実売上寄与96%》
《売上順位:圏外→首位/役職:錠前修理係→交易保全局長》