鍵垢の遺言
梓がいなくなって三か月後、鍵付きの匿名アカウントから申請が来た。
〈私が消えたあと、晶だけに読んでほしい〉
私は胸が詰まった。梓が消えた朝、部屋には財布も靴も残っていた。警察は自分の意思で出た可能性を口にしたが、私に黙って動ける人ではない。
梓の通帳も身分証も、危ないから私が預かっていた。毎朝の服薬写真、夜の位置情報、交友関係の一覧。彼女が崩れないよう、私だけが管理していた。知らない番号から着信があると、本人より先に私が折り返した。
アカウントは一日一件、思い出を投稿した。申請を許可されたのは私だけで、投稿時刻は毎晩、梓に「おやすみ」と送らせていた十一時だった。最後まで私を必要としているのだと感じた。
〈外出を断ると、心配で死ぬと言われた〉
〈鍵を返してほしいと言うと、私を信用していないのかと泣かれた〉
誰かが梓になりすまして、私を責めている。そう思った。投稿には私が贈った服や食器まで〈選ばされたもの〉と書かれていた。梓は優柔不断だったから代わりに決めただけなのに、文章は親切を一つずつ罪へ変えていった。
奇妙なのは、写真の中の物が少しずつ動くことだった。私が梓の部屋で畳んだ毛布が翌日の投稿では床に落ち、先週捨てた花瓶が窓辺に戻っていた。私は毎晩部屋へ通い、異常がないか確かめた。管理人に鍵を返すよう言われても、梓が戻ったとき困ると拒んだ。枕の位置まで写真に撮り、翌日と比べた。
最終日、投稿には〈遺言ではありません〉と書かれた。
梓は生きていた。相談機関の助けで別の街へ移り、私に見つからないよう失踪を装ったという。アカウントは、私が部屋へ入り続ける証拠を残すためのものだった。
私は腹が立つより悲しかった。
「助けてきたのに」
画面へ打ち込んだが、送信できなかった。梓は私をブロックしていた。
それでも、誰かに操られている可能性がある。自分の意思なら、私に直接言えるはずだ。私は新しいアカウントを作り、申請を送った。
直後、最後の写真が公開された。
梓は今日の日付の新聞を持ち、私の知らない部屋で笑っていた。