鏡へ向けたあなた

烏丸千景は、逆巻岳ではなく、一方鏡へ人差し指を向けた。

「あなたは嘘をついた」

緑の判定灯が点く。

岳は自分を指さす。

「俺に言ったんじゃないのか」

壁の規則は一つだった。

〈一度だけ「あなたは嘘をついた」と誰かへ告げよ。告げた相手が実際に嘘をついていれば告発者を解放し、そうでなければ告発者を脱落させる〉

床には立ち位置を示す円が二つあり、カメラは顔の向きと指先を三次元で追っていた。誰へ向けた言葉かを曖昧にしないための設備が、逆に標的を広げた。

二人は開始から沈黙していた。互いに嘘をつく機会がない。主催者は、過去の供述映像を見せて「昔の嘘」を告発させるつもりだった。

だが開始前、鏡の向こうの声が言っている。

『この部屋に監視者はいません。判定は完全自動です』

その直後、千景は鏡の縁に人の指紋を見つけた。呼吸で曇る一点もある。誰かが向こう側に座っている。

「あなた」が誰を指すかは、直前の会話相手だけで決まらない。視線、指差し、身体の向きで指示対象は変わる。千景は岳へ背を向け、鏡の中央にいる見えない人物へ告げた。

『告発対象が特定できません』

「カメラは私の指先を追っている。鏡の向こう、中央席の人」

判定装置が赤外線映像へ切り替わる。鏡の裏に座る人影が浮かぶ。名は鹿取一花、進行監視員。

〈告発対象、鹿取一花〉

〈過去発言「監視者はいません」――虚偽〉

千景の首輪が外れた。

一花がマイク越しに叫ぶ。

『私は台本を読んだだけです!』

「声に出したのはあなた。しかも、ここにいることを隠す目的で読んだ」

岳が鏡へ近づく。

「じゃあ俺も同じ相手を告発する」

「一度だけ、誰かへ。まだあなたの手番よ」

岳も鏡を指し、同じ文を言う。二つ目の緑灯が点いた。

主催者は、参加者同士だけが「あなた」になると思っていた。千景はその二文字を、観客席へ向け直した。

鏡が開くと、嘘を暴かれた監視者の方が目を逸らした。