閉架書庫の午後

御子柴塔矢が借りたのは、四十年前の天文年鑑だった。

理科の自由研究で昔の彗星観測を調べるため、司書に頼んで閉架書庫から出してもらった。厚い表紙は布張りで、頁を開くと乾いた埃の匂いがした。

返却日の放課後、塔矢は一枚の紙片に気づいた。

『七月二十六日 屋上 午前三時十三分 尾が見えた』

裏には、五人分の名字が並んでいる。どれも今の生徒名簿にはない。

「昔の天文部かな」

貸出カウンターの図書委員が覗き込んだ。

年鑑を返せば、紙片も閉架へ戻る。塔矢はその前に、何を見た記録なのか確かめたくなった。

二人で書庫へ入り、前後の年の部誌を探した。

閉架書庫は、普段の図書室より天井が低く感じた。背表紙の文字は薄れ、棚の奥から古い学校新聞や写真帳が出てくる。

一時間後、同じ日付の観測記録を見つけた。

彗星ではなかった。

天文部員たちは夏休みに学校へ泊まり込み、流星を待った。けれど曇って何も見えず、明け方に雲の切れ間から飛行機雲を見て、冗談で「尾が見えた」と書いたらしい。

「ただの失敗じゃん」

塔矢が言うと、図書委員は部誌の最後を指した。

『何も見えなかったので、来年も集まる。』

翌年の部誌にも、同じ五人の名字があった。

塔矢は自由研究に、成功した観測だけを載せるつもりだった。日付、方角、明るさ。正確なデータだけが記録だと思っていた。

閉館時刻が近づき、二人は本を棚へ戻した。

紙片を年鑑へ挟む前に、塔矢は司書へ訊いた。

「屋上、今は入れますか」

立入禁止だと思っていたが、顧問付きなら観測日に使えるという。

その日の夕方、理科教師に頼み、三人で屋上へ上がった。

空は曇っていた。

彗星も流星もない。校庭の照明と、遠くの飛行機が一機見えただけだった。

塔矢はノートへ書いた。

『十月十四日 屋上 午後五時四十八分 何も見えず。飛行機一機。図書委員一名、先生一名。』

図書委員が横から、『風が冷たかった』と付け足した。

自由研究の最後には、その一行を載せた。

借りた年鑑は閉架へ戻り、もう簡単には開けなくなった。

けれど塔矢にとって最初の観測記録は、星を見つけた夜ではない。

四十年前の「何も見えなかった」に誘われ、曇り空を三人で見上げた放課後だった。