閉館ベルまで同じ机

 稲荷山一成と粕谷静は、高校生の頃から図書館で待ち合わせる。

 五十代になった今も、休日の午後に「二階の奥」とだけ連絡し、同じ長机の向かいへ座る。

 互いに読む本は違い、ほとんど話さない。

 その日、一成は庭木の剪定本、静は昔の推理小説を持ってきた。

「庭、あるんだっけ」

「鉢植え三つ」

「木じゃない」

「将来に備える」

 静は頁を開き、一成も本へ目を落とした。

 館内には暖房の低い音があり、紙と古い布の匂いがする。

 一成は松の剪定方法を読みながら、向かいの静が同じ頁を十分以上見ていることに気づいた。

「寝てる?」

「考えてる」

「犯人?」

「夕飯」

 静は本を閉じずに答えた。

 二人は一階の自動販売機で温かいお茶を買い、休憩スペースへ移った。

「最近、仕事どう」

 一成が訊く。

「退職まであと四年」

「答えになってない」

「一成は?」

「鉢植えが一つ枯れそう」

「仕事の話」

「似たようなもの」

 静は笑い、缶のお茶を両手で包んだ。

 詳しく話さなくても、相手が疲れていることは分かった。

 高校時代、一成が試験前に教科書を開いたまま眠ったこと。静が進路希望を書けず、図書館の閉館まで白紙を見ていたこと。二人は昔から、答えが出ない時間を同じ机で過ごしてきた。

 席へ戻り、また本を開いた。

 一成は剪定本を三頁進み、静は推理小説の犯人をまだ知らない。

 ときどき、向かいから鉛筆の転がる音や小さなため息が聞こえる。それだけで、一人で読むより部屋が温かかった。

 閉館十五分前、館内放送が流れた。

「あと少し」

 静が言う。

「何が?」

「犯人まで」

「延長できない」

「借りる」

「最初からそうすれば」

「ここで読むのがいいの」

 閉館ベルが鳴り、二人は同時に栞を挟んだ。

 外へ出ると、冬の夕方はすでに暗い。

 角の肉まん店から湯気が上がり、二人は一つずつ買った。

「犯人、来週まで調べるなよ」

「検索しない」

「庭木も買うなよ」

「それは関係ない」

 駅まで歩くあいだ、蒸した皮と肉餡の匂いがマフラーへ移った。

 答えを持ち帰らない午後も、栞を挟めば途中でなくなるわけではない。

 同じ机の向こう側に、次の頁まで黙って待つ友人がいた。