雨の通り道
夜から大雨になる、と天気予報は繰り返していた。
余命を告げられて家へ戻った磯部佐和は、ベランダの排水口を塞ぐ葉を見つけた。
空は朝より暗く、天気予報には夜から大雨と出ている。病院の待合室でも、画面の端に警報の見込みが流れていた。佐和の部屋は古いマンションの一階上で、排水口が詰まるとベランダの水が窓の高さまでたまる。
去年の台風では、隣室から流れてきた植木の葉が穴を塞いだ。管理会社に連絡するより先に、佐和が菜箸でかき出した。今日も、室外機の横に茶色い葉が固まっている。
余命は三か月ほど、と医師は言った。夜の雨とは関係のない話だった。佐和は上着を脱ぎ、ゴム手袋をつけた。
排水口の金属蓋を持ち上げる。裏に小さな蛾がいて、佐和は蓋を落としかけた。蛾が壁へ逃げるのを待つ。葉の下から黒い泥と、細いビニール紐が出てきた。指ではつかみにくいので、火ばさみを物置から出す。一つ取り、袋へ入れる。濡れた葉は何枚も重なり、途中で千切れた。
風が強くなり、物干し竿が鳴った。佐和は一度室内へ戻り、窓を閉めた。作業をやめる理由にはならなかった。むしろ雨が降る前に終わらせる時間が、はっきりした。
ゴム手袋の人差し指へ泥水が入り、手首まで冷たくなった。佐和は片方だけ外し、新しい手袋に替える。隣室のベランダから、風で飛ばされた小さな洗濯ばさみが転がってきた。佐和はそれも拾い、境の壁際へ置く。自分の用事ではないので、袋には入れなかった。
泥の奥へ火ばさみを差し込むと、長い根のようなものが引っかかった。引くと、排水口の中から髪の毛と葉の束が一度に抜けた。水の腐った匂いが上がる。
金属蓋の細い穴も歯ブラシでこすり、バケツに水を半分だけ入れて排水口へ流す。最初は小さな池になり、佐和は息を止めた。やがて中央に渦ができ、水位が下がっていく。残った泥をブラシで寄せ、もう一度水を流す。
窓ガラスに、最初の雨粒が当たった。
佐和が最後の一杯を注ぐと、水は広がらず、細い筋のまま金属蓋の下へ吸い込まれた。