雨天決行の録音
吹奏楽部の演奏会が雨で中止になった。
校庭に特設ステージを組む予定だった。観客には、入院中の部員の母親もオンラインで聴くことになっていた。
中止の連絡を受けた部員は、病室で泣いたという。
「録音だけでも送ろう」
私たちは夜、音楽室へ集まった。
顧問には言わない。校内使用の許可もない。大人に相談すれば、また日程を組もうと言われるだろう。
でも手術は明日だった。
窓の外では雨が強く、校舎に残る音を全部隠してくれた。
部員十二人。全員ではない。来られる人だけ。空いた椅子は、入院中の部員の定位置に残した。
私は録音機を中央へ置いた。
「一回で終わらせる。見つかったら全員で謝る」
指揮者役の先輩が言った。
曲は、入院中の部員がソロを吹くはずだったもの。
その部分だけ、誰も代わりを吹かなかった。
演奏が進み、ソロの小節へ入る。
雨音と伴奏だけ。
空白なのに、彼女の音が聞こえる気がした。
最後の和音が消えたあと、誰も動かなかった。
録音を確認すると、椅子の軋み、雨、遠くの雷まで入っていた。
「失敗?」
誰かが聞いた。
「これで送る」
きれいな録音ではない。でも、今夜ここへ集まったことまで伝わる。
ファイル名を、『雨天決行』にした。
病室へ送信。
しばらくして、短い音声が返ってきた。
入院中の部員が、ベッドの上でソロ部分だけを吹いた録音だった。息は短く、音も揺れている。
私たちはその音源を演奏へ重ねた。
完全には合わなかった。少し遅れ、少し速い。
それでも曲になった。
翌朝、顧問にばれた。
音楽室の椅子が濡れた靴で汚れていたからだ。
長く叱られたあと、先生は完成した録音を聴いた。
「次は言え」
そう言いながら、最後まで削除しなかった。
手術は無事に終わった。
復帰した部員へ録音を聞かせると、ソロのずれに顔をしかめた。
「合わせ直したい」
「もう夜中の学校はなし」
「じゃあ昼に」
次の演奏会で、ソロは音源ではなく本人が吹いた。
けれど私たちが最初に一曲へ戻ったのは、雨の夜だった。