雨雲を追い出す焼き林檎

丘の食堂《晴れ間》は、収穫祭の日だというのに空席だった。店主ロッカが戸口へ出ると、晴天の道を一人の少女だけが雨に打たれて歩いてくる。

雲飼いのヘスカだった。頭上には桶ほどの黒雲がぴたりとつき、彼女が店へ入ると、天井の下でも雨を降らせた。

祭りの朝、群れから逃げた小雲を追っている最中、風に飛ばされた《嵐の種》を飲み込んだらしい。種が腹の中で冷気を吸い、雨雲を呼び続ける。このまま広場へ行けば、乾燥中の穀物も祭りの火も台なしになる。外から火で温めようとしても、雲が先に消してしまう。

「今日の仕事は、私が雲を広場へ連れていくことなのに」

ヘスカが俯くたび、雨脚が強くなった。

ロッカは暖炉へ近づけず、赤い林檎の芯を抜いた。中へ山蜜と火桂皮を詰め、蓋を戻して窯へ入れる。焼き上がった《焼き林檎》を、深い木皿に一つ。皮は艶を増し、切れ目から甘い湯気が立っている。

「雲じゃなく、種を中から温めます」

ヘスカは匙を差し入れた。柔らかな果肉が崩れ、蜜と一緒に口へ入る。酸味のあと、火桂皮の熱が喉から腹へ細く降りた。

一口目で、頭上の雨が小粒になる。二口目で黒雲がくしゃりと縮み、三口目には腹の奥がむずむずした。

「くる……」

ロッカが空の皿を差し出すより早く、ヘスカは大きなくしゃみをした。

ころん、と胡椒粒ほどの黒い種が卓へ落ちる。

天井の雲は一瞬迷うように揺れ、それから種を追って皿の上へ降りた。ロッカが皿ごと暖炉の煙突へ近づけると、雲は細い雨となって吸い込まれ、屋根の上で白い一筋に変わった。

店内の雨が止む。濡れたヘスカの髪へ、窓から本物の日差しが落ちた。

彼女は残りの焼き林檎を、今度は急がず食べた。最後の皮まで平らげると、雲飼いの銀笛を吹く。遠い丘で待っていた白雲の群れが、祭りの広場へ整然と流れ始めた。

「代金は銅貨四枚です」

ヘスカは雲から採れる薄い銀片を一枚置いた。

「来年の種追いの日にも焼いてください。雲飼い全員分」

彼女が広場へ走り去ると、濡れていた食堂の床に虹が一本できた。

ロッカがその端を布で拭いたとき、扉の鈴が鳴る。外には雨宿りではなく、焼けた林檎の匂いを追ってきた影が並んでいた。