顔のないラブソング
君影瑛人が作ったMVの女には、顔がなかった。
輪郭だけの白い頭部へ、視聴者の好みに合わせて別人の顔を合成する仕組みだ。広告主は「誰にでもなれる恋人」と呼んだ。学習素材には、公開写真だけでなく、行方不明者掲示板から集めた顔も混じっていた。失踪した本人は権利を主張しない、と会社は判断した。瑛人も、家族が必死に配った写真ほど正面向きで高解像度だと、素材担当へ勧めていた。
公開前の最終再生で、顔のない女がイントロより早く手を伸ばした。
「顔を見せて」
瑛人は選択エラーだと思い、一番人気の顔を適用した。女は一拍だけ微笑み、すぐ皮膚を仮面のように剥がした。その下から別の顔、さらに別の顔が現れる。
Aメロのたび、使用した女性たちの目が一瞬ずつ開いた。写真では笑っていたはずなのに、全員が同じ方向――画面の外側を見ている。瑛人が視線座標を重ねると、指し示す先は制作画面のウェブカメラだった。
女は顔のないまま、もう一度口を動かす。
「顔を見せて」
瑛人はカメラを切った。だがサビでMVが勝手に鏡面表示へ変わり、中央の白い頭部に彼の顔が貼りついた。自宅で素材を選ぶ顔、失踪者の家族へ偽名で利用許可を求める顔、拒否された画像を別名で保存する顔。作業中のウェブカメラ映像が、何年分も記録されていた。
曲のコーラスには、家族たちが残した捜索動画の呼び声が使われている。瑛人はそれを「感情の強い音声素材」として切り刻んだ。女の身体から数十人の顔が浮かび、彼の顔だけを囲む。
最後の一音で生配信が始まった。匿名だった制作アカウントのプロフィール欄へ、瑛人の本名、会社名、作業部屋の映像が表示される。顔のない女は彼の仮面を剥がし、カメラへ差し出した。
「顔を見せて」
彼女自身へ美しい顔を与えてほしいという要求ではなかった。他人の顔の陰に隠れてきた作り手が、自分の顔と名を晒して責任を負えという命令だった。
瑛人が回線を抜いても、MVは視聴者側で再生を続けた。最後に残ったのは、誰のものでもない白い輪郭と、逃げられない彼の顔だった。