風を送る濡れ布

真夏の塩街道で、護衛隊長が馬から崩れ落ちた。

顔は赤く、呼びかけにも意味のない言葉を返す。従者は日除けの天幕へ寝かせ、熱があるなら毛布で汗を出せと身体を包んだ。

旅商人プリムラは毛布を剥いだ。

「水を飲ませる前に、外から冷やします」

「高価な水を身体へ捨てる気か!」

プリムラは水を一桶だけ使った。薄い布を濡らして隊長の胴と脚へ広げ、四人に扇を持たせる。布がぬるくなれば水へ戻し、また広げる。乾くときに熱を連れていく風を、休まず送った。

三分で、荒かった呼吸が少し深くなった。

七分で、隊長が自分の名前を答えた。

十一分で、「毛布をかけた馬鹿は誰だ」と悪態をついた。

駆けつけた治療師は、隊長が会話できるのを確認しながら冷却を続けた。直射日光の下で倒れた時刻から処置開始まで二分。回復薬を使う前に意識が戻っている。

従者は「水を桶ごと浴びせても同じだ」と言った。プリムラは残った水を見せる。桶の半分以上が残っていた。濡らした布と風なら、少量の水を何度も働かせられる。

一時間後、隊長は日陰で座り、指示を出せるまで戻った。隊列の遅れは二刻の予定から半刻。水の消費は飲料二人分だけだった。

治療師が持っていた温度石は、処置開始時に濃い赤、十五分後には橙へ変わった。水を一気にかけたのではなく、布を濡らし直すたび表面の熱が奪われ、扇の風がそれを運んだ。護衛四人が交代しても手順は同じで、誰が扇いでも回復の速さは変わらない。プリムラは倒れた場所から最寄りの井戸までを地図へ記し、次の隊には最初から薄布を荷台の上へ載せた。

商会長は地図上の事故地点へ日陰棚と水桶を新設する費用も、その場で認めた。薄布四枚と扇二本を置く額は、隊長一人を失った場合の契約違約金の百分の一だった。

塩商会長は街道宿五十軒へ、薄布と大型扇の救護組を百組注文した。

「旅商人の契約は今日で終わりだ」

プリムラが眉を上げると、商会長は新しい契約書を差し出した。

『砂漠路冷却隊総監』

隊長本人が署名し、最初の扇をまだ赤い顔で振ってみせた。