風読みの長い一投
海軍航路士だったサイラスは、艦隊を座礁から救った責任を取らされ、辺境の崖地へ追放された。
上官の誤った命令を無視したためだ。船は助かったが、命令違反は消えなかった。
与えられた小屋の下には、白波の立つ細い浜がある。道は急で、降りるだけで一刻かかる。サイラスは初日の仕事を、崖上から海へ届く長い釣り仕掛けを作ることにした。
帆の補修糸をつなぎ、滑車代わりの木輪を軒へ固定する。針には浜鳥が落とした羽根を巻いた。竿は使わない。追い風へ仕掛けを乗せ、凧のように沖まで運ぶ。
一度目は風が強すぎ、餌が岩へ叩きつけられた。二度目は投げる時を急ぎ、糸が足へ絡んだ。
糸をほどきながら、サイラスは座礁の日を思い出した。あの日も風向きは命令書と違っていた。船員たちの命を選んだ結果、彼だけが制服を失った。けれど目の前の海は、階級章がなくても同じように読める。
サイラスは空を見上げた。
雲の裂け目、海鳥の翼、崖草の穂先。海図より正確な三つの印が、風の弱まる瞬間を知らせる。上官の号令ではなく、自分の読みだけを信じて手を放した。
仕掛けは青い空を弧にして飛び、波の向こうへ落ちた。
しばらくして木輪が激しく回った。糸を手繰ると、細身の青魚が銀の腹を見せて上がってくる。崖へぶつけぬよう風に合わせ、一息ずつ引き寄せた。
崖へ上げた魚は鯖に似ていた。鱗を落とす水がないので、布で丁寧に拭き取る。失敗した二投分の糸も巻き直し、明日使えるよう木輪へ収めた。今日の成果は一匹だが、道具は明日へ残る。
夕暮れ、小屋の前で魚を開き、塩と酢草を振って鉄板へ載せる。皮がじゅうと鳴り、潮の香りを含む湯気が立った。固いパンも魚の脂を吸えば、立派な夕食になる。
そこへ海軍の信号鷹が舞い降りた。筒には、新航路の艦隊司令を任せるという辞令が入っているらしい。
サイラスは筒を外し、開かずに木輪の横へ置いた。
「艦隊が出港を待っています」
遠話石から副官の声がした。
「なら、風を見ろと伝えろ」
彼は焼けた魚を返す。脂が火へ落ち、小さな炎が上がった。
命令より風を信じて罰せられた男は今、自分の空腹を信じて箸を取った。最初の一口は塩辛く、熱く、どの海図にも載っていない自由の味がした。