香水瓶を閉じる

天城澪路は、母の香水瓶を二重の袋へ入れた。

甘い百合の匂いが、口を閉じても部屋に残る。母は澪路が出かける前、同じ香水を首元へ吹き、「女の子らしくしなさい」と言った。澪路が苦手だと伝えると、「お母さんの匂いが嫌なの」と泣いた。

成人式の朝、澪路は香水をつけずに家を出ようとした。母は玄関で手首をつかみ、振袖の襟へ二度吹きかけた。写真を見るたび匂いまで蘇り、笑っている自分が息を止めていたことを思い出す。

母の死後、父は瓶を「女同士のものだから」と澪路へ渡した。選ばれたというより、処分まで娘の役目にされたのだと思った。

澪路は父にも電話し、今後、母の化粧品を確認なしで送らないよう伝えた。父は「分からないから任せた」と言ったが、分からない物を娘の部屋へ移すことは整理ではない。残すか捨てるか、一箱ずつ自分でも選んでほしいと頼んだ。

清掃センターへ処分方法を尋ねる電話をかける。係員は瓶の状態を確認し、持ち込み窓口を案内した。

通話が終わると、叔父から着信があった。

「香水くらい持っておけばいい。匂いは一番記憶に残るぞ」

「だから手放すの」

叔父は冷たいと言った。母の匂いを嫌うことは、母そのものを嫌うことだと決めつけた。

澪路は窓を開けた。カーテンが膨らみ、百合の匂いが少し薄くなる。

「嫌だった記憶も本物。でも、毎日嗅いで証明しなくていい」

「形見を捨てて、後悔しても知らないぞ」

「後悔したら、そのとき私が引き受ける」

叔父の許可は求めなかった。処分時刻だけ伝え、電話を終えた。

センターの窓口で袋を渡すと、職員が受領票をくれた。澪路は瓶の写真を撮らなかった。最後に匂いを確かめることもしなかった。

帰宅して、母が選んだ花柄のスカーフも洗った。香水は完全には落ちず、わずかに残った。

澪路はスカーフまで捨てる必要はないと思った。匂いが薄くなるまで使わずにしまう。ただし、首へ巻く日を母のためには決めない。

窓辺に新しい空気が入り、カーテンがまた膨らんだ。