香菜をよけない夜
理央はタイ料理店のカウンターで、緑色のカレーを前にしていた。表面には香菜の葉がたっぷり散っている。別れた彼女なら、皿が届いた瞬間に顔をしかめただろう。
彼女は香菜を石鹸みたいだと言った。理央は本当は好きだったが、最初のデートで「私も苦手」と合わせた。その後、二人で食べる料理から香菜は消えた。共通の友人たちも、理央は香菜嫌いだと思っている。
別れて困ったのは、彼女だけを失ったことではなかった。友人の集まりも、行きつけの店も、休日の予定も、ほとんどが二人の共有だった。みんな彼女のほうを先に知っている。自分が抜ければ丸く収まると考え、グループの誘いを断り続けていた。そこに居たいと言えば、奪うようで言えなかった。
カレーから、青い香りが立つ。銀色の器は指先に少し冷たく、ごはんは細長い粒がぱらりとほどけた。理央は反射的に香菜を端へ寄せた。小さな緑の山ができる。
半分ほど、葉のないところだけを食べた。味は穏やかだった。彼女といたころの自分を守っているようでもあり、まだ彼女に見られているようでもあった。
理央は端の葉を一枚、カレーへ戻した。噛むと強い香りが鼻へ抜けた。やはり好きだった。二枚目はごはんと一緒に、三枚目はカレーだけで食べた。
好きなものを取り戻すことは、彼女の嫌いなものを否定することではない。同じように、友人と会いたいと思うことも、彼女の居場所を奪うことではないはずだ。
最後のひと口を前に、香菜の山は一枚だけになった。理央はそれを避けず、いちばん上へ置いた。青い香りがさっきより鮮やかだった。
食べ終えた器には、よけた跡だけが薄く残った。理央は共有グループの次の食事会に、参加の印を一つつけた。説明は書かなかった。
参加者一覧には彼女の名前もあった。理央は印を消さなかった。同じ卓に座れるかは当日決めればよく、今夜は自分の希望だけ選んだ。
自分の席まで、彼女に譲る必要はなかった。