黒旗の白房

カシム・ルファイは、黒旗の先に結ばれた白い馬房を切った。

白房は首長の近衛がいる印だった。敵は白房を避け、印のない門へ兵を集める。今夜は逆に、近衛を南門へ伏せ、白房を消して敵を呼び込む。

「房を切れば、首長が逃げたと味方が思う」

百人長が言った。

「だから旗は下ろしません。黒だけを上げます」

「白房のない黒旗は、喪の旗だ」

「明日の喪主を敵に選ばせましょう」

カシムは切った房を懐へ入れた。砂を含んだ夜風が城壁を撫でる。北門には篝火を増やし、白房の代わりに白い山羊毛を槍先へ結んだ偽旗が立っている。敵は首長が北にいると読む。

だが敵にも、この城で生まれた案内人がいる。山羊毛と馬房の揺れ方が違うと見抜くかもしれない。そこでカシムは黒旗を南門の最も高い塔へ上げ、敵の目をこちらへ戻す役を負った。白房が消えた理由を、首長の移動ではなく混乱と読ませる。

城外から矢文が飛んだ。黒旗の竿へ刺さる。

〈白房を返せ。首長の首と交換する〉

首長は城内にいる。敵は試しているだけだ。百人長が囁いた。

「房を見せれば、嘘だと笑える」

「見せれば首長が南にいると教えます」

「兵が動揺している」

塔下では味方が黒旗を見上げ、ざわめいていた。喪の旗に見えるのだ。

カシムは返事の代わりに、白房を懐から出して短刀で細かく刻んだ。風へ放つ。白い毛は雪のように散り、敵からは見えない。味方だけが、房を敵へ渡さなかったと知る。ざわめきが止まり、槍の石突が一度だけ床を打った。忠誠の言葉より、切り刻まれた房の方が兵にはよく通じた。

北門の偽近衛旗へ、敵の投石が集中し始めた。次いで南の暗がりに歩兵の影が増える。敵将は首長が北にいると見せ、守りの薄い南を攻めるつもりだと読んだ。こちらの狙い通りだった。

南門の内側で近衛が槍を伏せる。敵が梯子を運び、堀際まで来た。

百人長が黒旗を見上げた。

「白のない旗でも、命令は届くか」

カシムは竿を強く引き、黒布を夜風いっぱいに開いた。

城主の太鼓が一打鳴る。

「南の落とし戸を開け」

堀を隠していた板床が、敵兵の下で割れ落ちた。