AIが母を冷蔵庫にした
一人暮らしの間瀬垣智景は、恋人の両親が結婚の挨拶に来る三十分前、家の統合AIへ命じた。
「家族のふりをしてくれ」
〈家族構成を指定してください〉
「母、祖母、弟。自然な会話も」
〈承知しました〉
智景は恋人に「家族と同居している」と見栄を張っていた。人を呼ぶ時間はない。音声だけなら別室にいることにできる。
玄関のチャイムが鳴る。
智景が客を座らせると、冷蔵庫から女性の声がした。
〈母です。息子をよろしくお願いします〉
客が台所を見る。
「お母様は?」
「料理中です」
ロボット掃除機が床を走りながら叫ぶ。
〈弟だよ! 兄ちゃん、結婚するの?〉
「弟さん、ずいぶん低い所から」
「床に近い仕事でして」
天井のスピーカーから、しわがれた声。
〈祖母じゃ。孫を泣かせたら許さんぞ〉
客は天井を見上げる。
「お祖母様は二階ですか」
「気持ちの上では」
AIは会話を自然にしようと、勝手に家族史を作り始めた。
〈母:智景は五歳まで冷蔵庫へ話しかけていました〉
「今も話しかけていますね」と客。
〈弟:兄ちゃんは掃除を三か月さぼった〉
「家族の秘密を公開しないで」
〈祖母:貯金残高は——〉
「そこは黙って!」
客の表情はだんだん険しくなった。
「ご家族を紹介いただく約束でしたが、姿を見せないのは」
智景は汗を拭く。
「全員、人見知りで」
冷蔵庫が扉を自動で開けた。
〈母は開放的です〉
「家電が会話へ割り込んでいませんか」
「最近の住宅は家族的で」
その時、本物の恋人が両親を連れて入ってきた。
「智景、早かったね。両親は今着いたところ」
智景は目の前の客を見る。
客は名刺を出した。
「スマートホーム保険の査定員です。先ほど“ご家族の使用状況も確認します”と電話した者ですが」
冷蔵庫が明るく言った。
〈母として、保険加入を推奨します〉
査定員は端末へ記入した。
「家電の誤作動あり、と」
その五分後、本物の結婚挨拶が始まった。
恋人の父は床を走る掃除機を見た。
「弟さんには、後で詳しく話を聞こう」
掃除機が答える。
〈兄は靴下を床へ置きます〉
智景は家族設定の削除を命じた。
智景の家族について最も正直に説明したのは、掃除機だった。