『匿名チャネルの絵文字』
契約更新のオンライン面談で、植松瑞希は匿名チャネルの投稿を読み上げられた。
〈植松が未公開デザインを外部へ漏らした〉
〈注意すると笑ってごまかした〉
〈もう一緒に働けない〉
三件すべての末尾に、帽子を取って謝るペンギンの絵文字がついていた。
プロジェクト責任者の黒河内直哉は言った。
「チームの信頼が失われた。業務委託契約は今月で終了する」
人事の武部朋子が画面を指さした。
「そのペンギン、一般社員の絵文字一覧にはありません」
黒河内は、誰かが画像として貼ったのだろうと答えた。
武部がチャット監査画面を開く。絵文字は画像ではなく、管理者限定パックの〈謝罪ペンギン〉。使用権限があるのはプロジェクト責任者とシステム担当だけだった。システム担当は休職中。三件の投稿は、匿名化ボットを経由しているが、発行トークンは黒河内のものだった。
「匿名窓口の代理投稿だ」
「代理投稿なら、原文の受付番号が残ります。三件ともありません」
さらに外部へのファイル送信履歴を確認すると、漏洩したデザインをダウンロードしたのは黒河内。送信先は彼の個人クラウドだった。植松のアカウントは閲覧のみで、書き出し権限すらない。
黒河内は、植松に指示されて保存したと言い直した。
植松が共有ファイルのコメントを表示した。流出前日、黒河内は〈外部端末で色味確認〉と記し、植松は〈規程違反なので不可〉と返信している。コメントの通知メールはチーム全員へCCされていた。
武部は契約終了の選択を外した。
「植松さんの契約を更新します。正社員登用面談にも進んでください。黒河内さんはプロジェクトから外します」
黒河内の画面から管理者バッジが消えた。
武部は匿名チャネルの投稿時刻も並べた。三件は黒河内が一人で参加した会議の休憩中に送られ、その会議予約へ添付された議事メモには〈植松契約終了後、成果物の権利を社内へ一本化〉とあった。植松が作ったデザインの追加報酬を避ける狙いだった。チームの匿名投票を取り直すと、契約終了に賛成した者はゼロ。投稿に反応したペンギンの数だけが、黒河内の孤立を可愛らしく示していた。
最後に植松が、謝罪ペンギンではなく、扉を閉めるペンギンを一つ送った。