『閉店後の苦情票』

鐘ヶ浜マートの店長会議で、八木橋征矢は赤字店舗への異動を言い渡された。

顧客対応評価が全店最下位。地域統括の小峰志乃は、征矢の店に寄せられた二十件の苦情を一覧にし、「店長としての適性に欠ける」と説明した。異動を断れば降格だった。

征矢は一覧の日付を見て尋ねた。「六月十二日の苦情が七件ありますね」

「だから問題なのよ」

「その日は停電で、午後四時に閉店しました」

七件の投稿時刻は十八時から二十時。内容は〈レジが遅い〉〈惣菜が冷たい〉など、閉店後には起こり得ないものだった。小峰は「電話で受けた分を後から入力した」と答えた。

本部人事が苦情システムの履歴を開く。七件だけでなく二十件すべて、地域統括室の同じ端末から入力されていた。ログインは小峰の社員証。添付されたレシート番号は実在するが、購買履歴は別店舗のものだった。

「各店から集約しただけ」

征矢はPOSの照会結果を示した。二十件の番号は、小峰が視察時に経費精算へ添付したレシートと一致している。しかも苦情入力の直後、小峰は征矢の接客評価を四・六から一・二へ変更し、異動先候補を自分の親族が経営する店舗へ書き換えていた。

会議室予約にも〈征矢店長・異動根拠作成〉と残っている。予約者は小峰一人。作成日は停電の翌朝だった。

本物の顧客アンケートでは、征矢の店は接客満足度が全店二位だった。小峰は集計時に店舗コードを一桁変え、その高評価を親族店舗へ移している。二十件の偽苦情と入れ替えるように、褒め言葉まで別の店の実績になっていた。評価表の改竄は、異動先の価値を高く見せる仕上げでもあった。

小峰は「不振店を立て直せる人材だと期待した」と言い換えた。

征矢は通知書を折らずに机へ戻した。「期待なら、なぜ嘘の苦情が必要なんですか」

本部人事は異動と降格の決裁を取り消し、征矢の原評価を復元した。続いて地域統括権限を小峰から外す。

店長会議が終わる前に、立て直しが必要な人物の勤務地だけが本部監査室へ変わった。