『五人分の句点』
田丸亜門の課長昇進面談には、部下一同の推薦コメントが添えられていた。
――厳しいが公平です。
――問題が起きた時、必ず盾になります。
――私たちは全員、田丸さんの昇進を望みます。
「匿名アンケートなので、誰が書いたかは知りません」
田丸はそう前置きし、照れたように笑った。昇進票には、ほぼ確実を示す青い印が付いていた。
査定官の比良坂郁は、五件のコメントを一つずつ読んだ。語尾は違うが、すべて句点の前に半角の空白がある。
「部下の皆さんには、独特の入力習慣がありますね」
「偶然でしょう。人数も五人ですから」
比良坂はアンケートの原本を表示した。回答は匿名化され、管理者にも氏名は見えない。しかし彼女は配布前、回答欄の五つに別々の識別句を埋め込んでいた。「青い棚」「水曜の窓」「予備鍵」など、質問文の表示順にだけ現れる無害な言葉で、誰がどの画面を受け取ったかではなく、回答が正しく回収されたかを確かめるためのものだった。
本物の回答は四件。五人目は未回答だった。しかも内容は、田丸が相談を握りつぶす、休暇申請を取り消す、失敗を部下へ転嫁するという厳しいものばかりだった。
「そんな回答は初めて見ます」
田丸が言う。
「誰かが差し替えたんでしょう」
比良坂は共有ファイルの版履歴を開いた。田丸は集計権限を持たないはずだったが、部長の端末が空いていた十二分間に原本を開き、四件を削除している。その後、自分のPCで五件の推薦文を作り、まとめて貼り付けた。作成間隔は一件につき二十秒。だから五人分すべてに、田丸特有の半角空白が残った。
「部長に頼まれました」
「部長はその時、別拠点の会議室に入館中です。予約記録もあります」
田丸の笑みが消えた。
比良坂は昇進候補の札を裏返し、削除された四件の相談をコンプライアンス室へ転送した。
「五人の推薦ではなく、一人の自作でした。昇進面談は、調査面談へ切り替えます」