『創業者の表紙だけ』
買収後初の全社朝礼で、保科澄は新会社の社長候補として紹介されるはずだった。だが壇上のスクリーンには、投資責任者の樅山龍平が「創業企画者」として映っていた。
樅山は得意げに話した。
「三年前、私が保科さんへ事業案を渡し、実行を任せました。したがって統合後の代表も私が適任です」
社員たちがざわめく。澄は最前列から立ち上がった。
「その企画書の元ファイルを見せてください」
樅山が示した資料の表紙には、作成者として自分の名がある。更新日は三年前の創業前日。
統合担当の矢吹藍子が監査画面を開いた。ファイルの作成日は確かに三年前だが、表紙だけ昨夜二十二時に差し替えられていた。二ページ目以降の文書プロパティには、保科澄の旧パソコン名が残っている。創業時のロゴ案を貼った画像にも、澄のクラウドから書き出した固有番号が埋め込まれていた。樅山版で唯一増えたのは表紙の肩書だけで、本文への編集は一文字もなかった。
「古い端末名など、誰でも設定できる」
樅山は言った。
澄は創業前に借りた会議室の予約履歴を表示した。毎週土曜、予約者は澄。件名は「宅配診療事業計画」。参加者に樅山の名はない。
「私は外部から助言していた」
「最初に企画書を見たのは、出資面談の日です」
共有リンクのアクセス履歴には、樅山の初回閲覧が創業一か月後とある。その直後、彼は澄へ「この企画なら投資する」とメールしていた。CCには矢吹が入っていた。
樅山はマイクを握り直した。社員たちのざわめきは、疑いではなく失望へ変わっていた。
「資金を出した者には、事業を指揮する権利がある」
矢吹は壇上へ上がり、社長候補の紹介スライドを戻した。
「出資者の権利と、企画者を名乗る権利は別です。樅山さんの代表就任案を撤回し、保科澄さんを統合会社の社長に選任します」
表紙だけを奪った男は、最後のページまで読まれる前に壇上を降ろされた。