創業者の表紙
新規事業会社フォルマ・ラボの採用面接で、春木場蒼介は「二度目の創業」を語っていた。
履歴書では、大学在学中に音声解析の会社を共同創業し、五年後に大手へ売却。今回は社内起業家として、新しい事業をゼロから任せてほしいという。失敗談まで具体的で、投資担当の麻生田は高額な採用枠を使う価値があると思った。役員承認も済み、面接は顔合わせに近いはずだった。
面接終了後には歓迎会まで予定されていた。
「当時の投資家向け資料です」
春木場が共有したピッチデッキには、手書きの市場仮説、最初の顧客名、資金繰りの跡が残っていた。表紙の創業者欄には、春木場の名もある。
麻生田は資料を見て、眉を上げた。「この投資会議、私も出ていました」。当時の席順まで思い出せたが、春木場の顔だけが記憶にない。
「大勢の一人だったので、覚えておられないでしょう」
「創業者なら覚えます。少なくとも、株主名簿に載る人は」
麻生田が版履歴を開く。本文の最終更新は五年前。表紙だけが昨夜二十二時十九分に変更され、春木場の名が追加されていた。編集したのは、今面接で使っている個人アカウントだった。
「売却後の整理で、名前が抜けていたのを直しました」
「あなたの最初のアクセスは昨夜です」
春木場は少し笑った。「創業者は別のメールを使っていました」
麻生田は、当時借りていたインキュベーション施設の会議室予約を出した。春木場の名は一度だけある。件名は〈学生向け起業見学会〉。同じ日のアンケートには、春木場自身が〈いつか自分も会社を作りたい〉と書いていた。
さらに、売却時の関係者メールが映る。創業者、株主、従業員、顧問の全員がCCされているが、春木場はいない。彼が初めて創業者へ連絡したのは先週で、内容は〈面接で経験談を参考にしたい〉だった。
「話を聞き、思想を受け継いだ。広い意味では共同創業です」
麻生田は、役員承認済みの社内起業家採用票を閉じた。
「その広い意味は、当社の履歴書には使えません。特別採用の承認を取り消します」