『印刷された順番』
昇進審査会で、二人の候補者の評価は一票差だった。
営業出身の候補が次長へ昇進し、品質管理の候補は見送り。人事部長が結論を読み上げたところで、監査役が封筒を机に置いた。
「先月退職した役員秘書が、昇進資料フォルダに残したファイルです」
名前は「印刷された順番.pdf」。人事部長は首を振った。
「秘書は審査内容を知る立場ではない」
ファイルには、各役員が提出した評価票の印刷記録が並んでいた。午前九時から九時十分まで、五人分が順に印刷されている。元の評価では、品質管理の候補が四票、営業出身の候補が一票だった。
会議で配られた紙は逆だった。
人事部長は「役員が後から意見を変えた」と説明した。
監査役がメールの送信記録を示した。役員全員が、最終評価票を審査前日の午後五時までに人事部へ送っている。CCには役員秘書が入っていた。変更を申し出たメールは一通もない。
「電話で確認した」
役員たちは順に否定した。
退職者のファイルには、午前九時十一分の複合機記録もあった。人事部長が五枚を再印刷している。その直前、共有ファイルで候補者名の列が入れ替えられていた。評価文はそのまま、名前だけが交換されていた。
人事部長は事務ミスだと言った。
「なら、なぜ一枚目だけ再印刷しなかったのですか」
監査役が最初の紙を掲げた。営業出身の候補を唯一高く評価した役員の票だけは、元のまま使われていた。残り四票だけ名前を交換すれば、結果は一対四から四対一へ変わる。
人事部長の額に汗が浮かんだ。
退職者は、会議室予約の備考欄も保存していた。人事部長が営業出身の候補と前夜に二人で会い、「昇進後の人事部統合」を話し合っていた。予約は翌朝削除されたが、通知メールが秘書にCCされていた。
監査役は審査結果の紙を裏返した。
「一票差ではありません。四票差です」
品質管理の候補の見送り欄が消え、次長昇進へ変わった。
人事部長が抗議しようとしたとき、役員の一人が新しい議題を表示した。
「続いて、人事部長の解任審査に移ります」
今度は、票の順番を入れ替える者はいなかった。