〇・〇一の譲り

県立病院の検査技師、千種理央は、試薬一滴の差を見逃さない。患者の数値なら、〇・〇一が診断を変えることもある。だが入札の〇・〇一は、別の意味で不自然だった。

血液検査用試薬の単価入札。三社の価格は、一検査当たり百二十八円四十三銭、四十四銭、四十五銭。最安と最高の差は二銭しかない。年間百万検査でも差は二万円。独立して原価を積み上げた三社が、銭単位で階段を作るものだろうか。

理央は落札候補会社の適合証明を確認していて、共有フォルダに契約書案を見つけた。ファイル名は『落札用_12843_確定』。作成日時は開札前日の十五時二十二分。価格欄には百二十八円四十三銭が入り、相手会社名も記載済みだった。

調達担当は、複数の価格を想定してひな型を作ったと説明した。理央が他社分を尋ねると、「削除した」と答えた。ごみ箱にも履歴にも、他の二社の契約書はない。

決裁会議で、病院長は「最小価格差でも安い方を選ぶのが原則」と言った。理央もその原則には賛成だった。だからこそ、最小の差を作った経緯が問題だった。

理央は入札一覧の三つの単価と、契約書案の作成日時を並べた。

「〇・〇一円ずつ譲り合った結果を、病院は競争と呼ぶのでしょうか。それとも、前日に決まっていた価格を確認しただけでしょうか」

調達担当は、偶然だと繰り返した。病院長は契約書案のファイル名を読み上げた。『落札用』『確定』。まだ開札されていない日の言葉だった。

理央はファイルの版履歴も示した。最初の版には予定数量百万件と、落札候補会社の営業担当者名が入力されている。二社目、三社目の名前は一度も存在しない。さらに作成者は病院の調達担当者だった。業者から価格が届く前に、発注側が勝者と単価を入れた契約書を完成させていたことになる。二銭の節約を装うために、三つの札が一銭ずつ置かれた。

病院長の認印は決裁欄の上で止まり、〇・〇一円の隙間だけが、三社の間に大きく開いた。