「はい」と言わせる森

逆巻シズリは、PK《肯定屋ミゼル》の質問へ一度も「はい」と答えなかった。

《音声決闘契約》

契約窓が開いている間、最初に発声された「はい」で最寄りの相手との決闘を受諾します。

「寒いだろ?」

「日本語、分かる?」

「生きて帰りたい?」

ミゼルは無害な質問を重ねる。反射で「はい」と言った瞬間、決闘が成立し、彼は合法的に殺す。

シズリは頷きもせず、別の言葉で返す。

「寒い」

「分かる」

「帰る」

森の出口が近づく。ミゼルの声に苛立ちが混じる。

「お前、俺が怖いか?」

「怖いよ」

「じゃあ命乞いしろ」

彼は自分の契約窓を開いたままだと思っている。

シズリは背中で、別の決闘契約を起動した。相手はミゼル。画面は彼から見えない。

「最後に聞く。私を殺すつもり?」

ミゼルは笑った。

「はい」

契約音が鳴る。

彼の顔色が変わる。受諾されたのはシズリの契約だ。規約は申請者が武器と開始位置を選べる。

シズリは《武器なし》《安全都市の法廷》を指定する。

二人は強制転送され、観客席を埋める警備NPCの前へ立った。ミゼルの過去の契約履歴も証拠として開く。

「罠だ!」

「肯定させるのが得意なんでしょ」

ミゼルは決闘辞退を選ぼうとするが、受諾者側からは取消不能。

《音声「はい」を検出》

《契約申請者:逆巻シズリ/受諾者:ミゼル》

法廷へ転送されたミゼルは、これまでの録音を「同意の証拠」だと主張した。

だが履歴には、質問の内容と契約窓を重ねた時刻が並んでいる。寒さへの肯定、生存願望への肯定、言語理解への肯定。どれも決闘を望む返事ではない。

シズリは一度も「はい」を悪い言葉とは言わなかった。

「返事を盗んだのが悪い」

法廷は過去の契約を再審査し、無害な質問へ重ねられた決闘を無効化する。死亡者の記録もPK被害へ戻る。

ミゼルが最後に言った「はい」だけは、殺意を直接問われた答えだった。彼が初めて意味と契約を一致させた肯定が、自分を拘束する証言になった。

《心理戦勝者を確定――答えを拒み続けた者ではなく、最後に自分の殺意へ肯定した者が契約へ捕まりました》