いちばん悲しい人
咲希が死んでから、藍は眠れない。
高校から十二年、誰より近くにいた。葬儀で大学時代の友人が「親友でした」と泣いたとき、腹が立った。咲希が本当に苦しい夜に電話を受けたのは藍だ。恋人と別れた理由も、仕事を辞めたかったことも、全部知っている。
弔問客へ渡す写真は、藍が選んだ。
大学の友人と写るものは外した。最近の咲希は無理に笑っているからだ。遺影には、藍が撮った高校時代の横顔を使った。母親が別の写真を希望しても、「あの子らしい顔を知っているのは私」と譲らなかった。
もう一つ、形見分けの連絡先は藍が整理した。咲希のスマートフォンから、親しくなかった人を先に削除した。死後まで都合よく友人面されないためだ。
四十九日の集まりで、大学時代の友人が小さな箱を持ってきた。中には咲希から預かった手紙があった。
「藍さんには見せないでって言われてた。でも、もう隠せない」
手紙には、藍が毎晩電話をかけ、出ないと家まで来ること。新しい友人を「あなたを利用している」と遠ざけること。恋人へ咲希の過去を勝手に話し、別れたあと「私だけは残る」と抱きしめたことが書かれていた。
藍は笑った。弱っている人は、支えてくれる相手を重荷に感じることがある。咲希が最後に電話したのも自分だ。それが何よりの証拠だった。
友人は、通話履歴の画面を見せた。
最後の夜、咲希は藍へ十三回かけていた。藍は一度も出ていない。その時間、別の友人たちへ〈また咲希が大げさに騒いでる。反応しないで〉と送っていた。
藍は思い出した。翌朝の資格試験に集中したかった。咲希には、自分で落ち着く練習も必要だった。
「私まで壊れたら、誰があの子を支えるの」
誰も答えなかった。
帰宅後、藍は追悼用のアカウントへ写真を投稿した。〈あなたの苦しみを最後まで分かってあげられたのは、私だけ〉。すぐに励ましのコメントが集まった。
投稿に使った写真の端には、咲希のスマートフォンが写っていた。
画面には、藍へ送れなかった最後の下書きが開いている。
〈お願い。今夜だけ、私のことを誰にも説明しないで〉