せりの根を噛む

畑中志麻は、せり鍋の根を切らずに、自分の皿へ引き上げた。

大学の研究室で一緒だった友人三人との年末会。皆、転職や結婚の話を持ってきた。志麻だけは、来月受ける卵子凍結の説明書を鞄に入れている。

三十二歳になる前に決めたかった。今すぐ子どもが欲しいわけではない。結婚の予定もない。ただ、仕事を選び続けた先で選択肢が消えるのが怖かった。

友人に話せば、「焦らなくても」と言われるか、「そこまでして」と思われる気がした。費用をかけて安心を買おうとする自分自身にも、まだ確信がない。

研究職の任期はあと二年で、次の勤務地も決まっていない。母からは会うたび結婚の予定を聞かれる。答えられない問いが重なるうち、身体だけでも先に決めておかなければ、と追い立てられるようになった。

蓋を開けると、土を洗った根の青い香りが湯気に混じった。白い根は噛むと細くぷつぷつ切れ、葉より強く歯に残った。

志麻は根から先に食べた。昔、友人の実家で同じ鍋を食べたときは、汚れて見えると言って残したものだ。

「大人になったね」

笑われ、志麻も笑った。大人になったから迷わなくなるのではない。迷いに金額と期限がつくだけだった。

鍋の中に、根の長い束が一つ残った。友人が切り分けようとしたので、志麻は箸を添えた。四等分ではなく、自分の分だけ少し長く取った。

鞄から説明書を出し、費用の欄を下にして置く。金額を見られると、決意の値段まで評価される気がしたからだ。表紙には治療名が大きく印刷されていた。

「来月、これをする」

一人が驚いて息を吸ったが、質問は続かなかった。別の友人が鍋の根を志麻の皿へもう一本入れた。最後の一人は、説明会の日付を見て「終わったら鍋にしよう」とだけ言った。賛成も反対もせず、次に会う日だけを置いた。

志麻は二本目の根を半分残した。選択を完了したふりをしないためだった。

帰宅後、説明会の予約ボタンを押した。決めたのは未来ではなく、話を聞きに行くことだけ。

皿に残した根のように、先はまだ枝分かれしていた。そのどれかを選ぶまで、友人の席は鍋の周りに残っている。