たった一人のための一番
失踪した歌い手の新曲は、再生されるほど順位が下がった。
音楽配信会社の分析員・鴇田那智は、深夜のランキング画面を見た。歌い手〈閃〉は一年前に消え、所属先は活動休止とだけ発表した。今夜、匿名アカウントから一曲が公開され、待機者は十万人を超えている。所属先は復帰の兆候だと喜び、公開前から広告枠と記念商品を売り始めていた。
タイトル下のフレーズは、
「一番になりたい」
イントロが始まると、順位は百位から九十九位へ上がった。だが再生数が一万を超えた瞬間、九十九位から百一位へ落ちた。Aメロでは、再生されるたびカウンターが正負に分かれ、青い数字と赤い数字が互いを打ち消していく。
「一番になりたい」
那智はログを開いた。赤い再生は、閃の所属先が契約していた自動再生業者から来ている。曲はボットの端末を識別し、一再生ごとに不正記録を公開していた。過去のヒット曲、受賞歴、広告案件。華々しい数字の大半が、同じ端末群から作られていた。
サビでランキングは千位以下へ落ちた。会社役員が那智へ削除を命じる。しかし彼女は、失踪前の閃から相談を受けていた。「数字が大きいほど、自分の声が遠くなる」と。那智は内部告発を勧めながら、証拠不足を理由に保留し、その間に閃は姿を消した。
赤い再生がすべて相殺される。十万あったカウンターは、二、そして一になった。
最後に残った一人は那智だった。
イヤホンから、加工のない閃の声が聞こえる。小さな部屋の反響、近すぎるマイク、笑う前の息。どこかで生きて録った現在の声だ。
最後の一音と同時に、ランキング表示が〈0位〉へ変わる。順位対象外。広告も推薦も検索候補も外れ、曲は直接URLを知る一人にしか届かなくなった。
チャット欄に短い文字が出る。
〈やっと、一人〉
続いて、三度目のフレーズ。
「一番になりたい」
頂点の歌い手になりたいという野心ではない。買われた十万人ではなく、一番最初に自分の歌を信じた一人へ、もう一度まっすぐ届きたいという願いだった。