にら玉の黄色い端

閉店前の店には、油を拭く布の匂いだけが残っていた。そこへ若い客が入り、カウンターへ座るなりスマートフォンを伏せた。

「にら玉、できますか」

店主は中華鍋を見て、「火を入れ直すけど、一皿だけ」と答えた。

熱した鍋へ卵液が流れ、ざあっと大きな音を立てた。にらの青い匂いとごま油の香りが立ち、店主が鍋を振るたび、黄色い卵が波のように折れた。縁はすぐ固まり、中心だけが柔らかく光っていた。

客はコールセンターで働いている。今日、通話を保留にした直後、隣の席の責任者が「またあいつか、説明しても飲み込み遅いんだよ」と笑った。客のヘッドセットは完全には切れておらず、その声は相手にも聞こえていた。

謝ったのは客だった。通話後、責任者は「気にしすぎ」と肩を叩いた。帰り道で退職代行の画面を開き、明日から行かない理由を並べていた。夜道では、誰にも聞こえないのにヘッドセットを外した耳が熱く、何度も責任者の声だけが戻ってきた。スマートフォンの白い画面まで、その笑い声の続きに見えた。

にら玉を箸で取ると、端は香ばしく、中央からは熱い半熟の卵がこぼれた。

「全部同じ固さにはならないんですね」

客が言うと、店主は中華鍋を水へ入れた。

「端から固まる」

水の中で、鍋がしゅうっと鳴った。

客は伏せたスマートフォンを返した。退職代行のページを閉じ、今日の時刻、座席、通話番号、責任者の言葉をメモする。明日の始業前、別の管理者へ面談を依頼する。録音が残っているかも確認してほしいと書いた。

仕事を続けると決めたわけではない。責任者と同じフロアへ行くのは怖い。聞かなかったことにされる可能性もある。それでも、自分の感じた嫌さまで「気にしすぎ」で柔らかく戻される前に、まず輪郭を固めておこうと思った。

最後の一口は中心の半熟部分だった。ごま油の香りとにらの青さが混ざり、熱い卵が舌の上でゆっくり形を失った。皿が空になっても、その温度だけは曖昧にならず残った。