ぬか床の平らな夜

夕映は二十七歳の誕生日に、冷蔵庫からぬか床を出した。

祖母から譲られた丸い琺瑯容器で、蓋には青い鳥が描かれている。入院が増えてからは、同居している沙都が三日に一度かき混ぜていた。最初は手袋をしていたのに、最近は素手で混ぜる。爪の間に匂いが残るのも、もう気にしないらしい。

容器の側面には、祖母が貼った小さな目盛りがある。ぬかが減ったらこの線まで足すこと。夕映は譲られた日に説明を聞き流し、あとで何度も電話した。沙都はその電話を横で聞いて覚えた。

「今日くらい私がやるよ」

沙都が言った。

「今日だから私がやる」

夕映は指輪を外し、小皿へ置いた。ぬか床の表面は少し乾き、端に白い粉が浮いている。嫌な黴ではないと祖母に教わった。混ぜれば戻る。

蓋の裏についた水滴を布巾で拭く。冷蔵庫へ戻したとき垂れないよう、容器の外側も一周拭いた。手順は味より先に覚えられる。夕映は沙都が見ていることを確かめず、いつもの順で続けた。

両手を入れる。冷たさが手首まで上がり、思わず息を吸った。底のぬかを持ち上げ、上のぬかを沈める。外から内へ、内から外へ。味噌より粗く、濡れた砂より柔らかい。

沙都は台所の椅子で、誕生日にもらった包みを開けている。中身は新しい箸だった。二膳組ではなく、一膳だけ。夕映が選んだ。

「塩、足す?」

「舐めてみて」

「私が?」

「管理人でしょ」

沙都は指先に少し取り、眉を寄せた。

「分からない」

「私も最初は分からなかった」

夕映は笑い、底から昆布の切れ端を見つけた。硬くなっていたので取り出し、新しいものを一枚埋める。冷蔵庫の野菜室には、短い胡瓜が一本残っていた。誕生日の料理に使うには曲がりすぎていると沙都が避けたものだ。ぬか床なら形は関係ない。両端を落とし、塩でこすってからぬか床へ横たえる。

「明日の朝、出して」

「何時?」

「朝ごはんの前」

「忘れたら?」

「しょっぱくなるだけ」

それ以上のことは言わない。

胡瓜が見えなくなるまでぬかをかぶせる。縁についた粒を指で落とし、空気が残らないよう掌で押す。表面に五本の指跡がついた。

夕映は手のひらを横へ滑らせ、ぬか床を平らにした。