ふたり分の歩数
澪のスマートフォンには、友人と歩数を共有する小さな表示があった。
二人とも在宅勤務が増え、運動不足を防ぐために始めた。最初は「今日は駅まで歩いた」と送り合うだけだったが、友人が毎日八千歩を超えるようになると、澪は夕食後に部屋を往復した。数字が同じになるまで眠れない夜もあった。
足を捻って一週間休んだあと、差は大きく開いた。友人は何も言わない。それでも共有画面の二本の棒は、長い方と短い方を毎朝はっきり示した。
医師からは痛みがなければ少しずつ、と言われている。澪は「少しずつ」の意味を、友人より千歩少ない程度だと勝手に決めた。
友人から届くのは、競争をあおる言葉ではなかった。〈今日は遠回りした〉〈雨だから少なめ〉という短い報告だけだ。澪はそこへ勝手に優劣を足し、少ない日は返信を遅らせた。友人の健康の記録を、自分への通知表として読んでいた。共有を始めた目的は体を動かすことだったのに、今は痛みを無視する理由になっている。そのことを認める方が、あと七千歩歩くより難しかった。
日曜日、近所の公園を一周したところで足首に違和感が出た。ベンチに座り、画面を見る。澪は二千三百歩、友人は九千四百歩。あと七千歩という考えが浮かび、自分で可笑しくなった。足首は友人の数字を知らない。
澪は共有設定を開いた。友人とのつながりを解除するボタンは赤く、喧嘩のように見えた。少し迷い、通知だけではなく歩数の共有そのものを止める。
〈共有を終了しました〉
友人へ説明する文章を打ちかけたが、消した。聞かれたら話せばいい。今すぐ理解してもらう必要はない。
帰り道、澪は最短の門を選んだ。いつもなら遠回りして数字を足すところだった。途中の自販機で水を買い、立ったまま半分飲む。
家に着くと、歩数は三千に届いていなかった。短い棒はもう誰の棒とも並んでいない。
澪はスマートフォンを玄関の棚へ置き、足首のサポーターを外した。今日歩いた分だけの軽い熱が残っている。足りない七千歩ではなく、その熱が引くまで、ソファに座っていた。