カレーをのみ込むまで
月曜の夕食は、必ず父のカレーだった。
母が夜勤で、姉は塾、私は部活帰り。全員の時間が合わないから、鍋だけが食卓で待っている。
父のカレーは毎週味が違った。
甘すぎる日、辛すぎる日、なぜか大根が入る日。私は料理が下手なのだと思い、黙ってソースをかけていた。
ある月曜、最初のひと口を口へ入れた瞬間、時計もテレビも、向かいで食べる父も止まった。
その一口をのみ込むまで、私だけが動けた。
驚いて立ち上がると、台所に四つの小鍋が並んでいるのが見えた。
母用には生姜。冷え性だから。
姉用にはチーズ。模試の前は辛いものを食べられないから。
私用には大きな肉。部活で腹を空かせるから。
父用には、具の端ばかりが残っていた。
冷蔵庫には付箋が貼られている。
「姉、今週は胃痛」
「母、夜勤三連続」
「弟、試合で負けた。聞かない」
父は料理の味を覚えられない代わりに、家族の一週間を材料にしていた。
鍋の横には料理本が開かれ、私が毎回ソースをかける理由を考えたらしい書き込みがあった。
「味が薄い?」
その下に、
「口に合わなくても完食。優しい」
とある。
違う。腹が減っていただけだ。
そう言いたかったのに、口の中のカレーが急に熱くなった。
のみ込むと、世界が動いた。
父は私の顔を見て不安そうに尋ねた。
「今日も変か」
「変」
「どこが」
「肉、大きすぎ」
「若者は肉だろ」
「父さんの分、ないじゃん」
私は自分の皿から肉を一つ、父の皿へ移した。
父は珍しいものを見る顔をした。
「ソースは?」
「今日はかけない」
その夜、遅く帰った姉も、夜明け前の母も、それぞれの小鍋を温めた。私は眠ったふりをしながら、二人が「あ、今週の味だ」と小さく言うのを聞いた。
翌週、私は父より先に台所へ立った。
四つの小鍋を作るのは面倒だったので、大鍋を一つだけ作った。
母は生姜を足し、姉はチーズをのせ、父は端の具を選び、私はソースをかけた。
味はばらばらだった。
それでも同じ鍋からよそったカレーは、不思議なくらい家族の味がした。