チョコを置かなかった朝
二年間、二月十四日には同じ下駄箱へチョコを入れていた。
名前は書かなかった。小さな市販の箱に、手作りのクッキーを一枚添えるだけ。返事は期待せず、見つけてもらう瞬間を遠くから眺めて満足していた。
三年目の朝、私は何も持っていかなかった。
卒業を前に、匿名のまま続けるのが急に恥ずかしくなった。彼にはたぶん好きな人がいる。最後くらい、何もしないで終わろうと思った。
昇降口へ着くと、彼が自分の下駄箱の前に立っていた。
靴へ履き替えず、何度も空の棚を確かめている。
私は気づかないふりで通り過ぎようとした。
「今年はないの?」
呼び止められた。
「何が」
「チョコ」
心臓が跳ねた。
「毎年、誰かが入れてたんだよ」
「知らない」
「クッキーに、端だけ焦げる癖があった」
彼は私の鞄を見た。家庭科部で使う透明な袋が、ポケットから少し見えていた。
「去年、文化祭で配ってたのと同じ味だった」
二年間、気づかれていないと思っていた。
「だったら、どうして何も言わなかったの」
「名前がなかったから。違ったら困るし」
「今年は作ってない」
本当だった。材料だけは買ったが、昨夜は袋を開けなかった。
彼は少し残念そうにうなずいた。
「じゃあ、これは僕から」
鞄から小さな箱を出した。包装は曲がり、テープが表へ出ている。
中には、形の悪いチョコが三つ入っていた。
「作ったの?」
「二年分の返事」
一つは焦げ、一つはひび割れ、もう一つだけ丸かった。
「味は期待しないで」
「私のも毎年焦げてた」
「知ってる」
昇降口の隅で、一つずつ食べた。彼のチョコは固く、驚くほど甘かった。
「今年、置かなかったらどうするつもりだったの」
「待つつもりだった」
「いつまで」
「始業ぎりぎり」
時計を見ると、あと二分だった。
私たちは上履きをつかみ、階段を走った。
匿名の二年間より、名前を呼び合った二分のほうが長く感じた。
翌年の二月十四日、私たちは別々の学校にいた。朝、彼から写真が届いた。
下駄箱ではなく机の上に、少し焦げたクッキーと、ひび割れたチョコが並んでいた。
『今年は置かずに送ります』
私は、昨夜作った丸いチョコの写真を返した。