ビーバー家具店の低い椅子

 江波廉司の家には、六人掛けの食卓が残っていた。

 妻は数年前に亡くなり、二人の子どもも独立した。今は端の一席だけを使い、向こう側へ醤油を置くと立たなければ届かない。

 処分を決め、「木目家具店」へ相談した。

 店主はビーバーの木目。前歯を見せて笑い、人間の家具職人と一緒に古い木を直している。隣には、修理待ちの客が使う小さな食堂まであった。

「この卓、引き取ってください」

 廉司が写真を見せると、木目は首を傾けた。

「まだ座れる」

「座る人がいません」

「木に、人数は分かりません」

 木目は家まで卓を見に来た。

 天板には、子どもが鉛筆でつけた細い傷、鍋を置いた丸い跡、妻がいつも座った場所の艶がある。

「捨てると、広くなります」

 廉司が言う。

「小さくすれば、近くなる」

 木目は前歯で天板の縁を軽く叩いた。

 提案は、卓を二人掛けの低いテーブルへ作り替え、余った木を棚と盆にすることだった。

「切るんですか」

「木は形を変えても、木目です」

「傷も?」

「残したい傷には、印をつけてください」

 廉司は迷いながら、鍋の輪と鉛筆の線へ紙片を貼った。

 作業の間、家具店の食堂で待つ。人間の職人が根菜のシチューを出し、木目は木屑を払った前足でパン籠を押してきた。

「家具屋で食事まで?」

「椅子は、座って食べてこそ分かる」

 低い椅子へ腰を下ろすと、膝が楽だった。シチューには牛蒡と人参が入り、木の器から湯気が上がる。

 完成したテーブルは、以前の半分ほどになった。

 鍋の輪は中央に残り、子どもの鉛筆跡は端から棚へ移った。盆には、妻の席にあった艶が薄く光っている。

 家へ戻り、廉司は新しい低いテーブルで夕飯を食べた。向こう側はすぐ手が届く距離だ。余った一席へ、翌日来た娘が座った。

「小さくなったね」

「近くなったんだ」

 そう言うと、自分でもしっくりきた。

 娘が帰ったあと、盆へ湯呑みを載せる。杉の新しい香りに、長年染みた醤油と木の匂いが重なった。

 廉司は一人で座ったが、卓はもう空席を数えさせなかった。木目家具店でもらった低い椅子が、背中をほどよく支え、湯呑みの熱が掌へゆっくり移ってきた。