ピスタチオを噛むまで
成瀬塔子には、給料日になると連絡をくれる友人がいた。
「今月だけ二万円貸して」
最初は引っ越し費用、その次は資格講座、先月は飼い猫の病院代だった。返済は少しずつ遅れ、今では十二万円になっている。塔子が旅行を断った月にも、友人の投稿には新しい服と外食の写真が並んだ。それを責める資格がないと思い、画面を閉じるたび自分の不満まで消した。塔子は催促できなかった。大学時代、孤立していた自分へ最初に声をかけてくれた人だからだ。
今月も振込通知とほぼ同時に、同じ文面が届いた。塔子は返信せず、会社近くの店でピスタチオケーキを買った。
淡い緑のクリームから、豆のような香ばしい匂いがした。表面の砕いた実を噛むと、細かな粒が歯に残った。
塔子は、ピスタチオだけを先に拾って食べた。実はこのケーキも、友人が好きだと言った店で買ったものだった。自分だけで味わうことに、最初の一粒は少し罪悪感があった。
友人とケーキを分けるとき、塔子はいつも飾りを相手へ譲った。「塔子は優しいね」と言われるのが嬉しかった。優しさをやめたら、また一人になる気がしていた。
緑の実を一粒ずつ噛む。好きな部分を自分で取っても、誰かを傷つけた音はしなかった。部屋には、殻のない小さな歯触りだけが続いた。
飾りがなくなると、ケーキは淡いクリームの四角になった。塔子は半分を食べ、残り半分を箱へ戻した。友人へ渡すためではない。明日の自分が、断ったあとも普通に朝を迎えるためだった。
メッセージ欄に、「貸せません。前の十二万円の返済予定を教えてください」と打った。申し訳ない、も、今月厳しくて、も消した。
送信すると、すぐに既読がついた。返事は来なかった。塔子は沈黙を埋めるための追加メッセージを書きかけ、全部消した。
塔子は箱の蓋を閉じた。友情が残るかどうかは、今夜決められない。それでも、好きな実を全部相手の皿へ移す関係だけを友情と呼ぶのはやめられる。
歯の隙間に残ったピスタチオを舌で探し、最後の粒まで自分で味わった。