ベランダの布団とアイス
宮地原絢子の部屋へ安西芽衣が来た日は、珍しく朝から晴れていた。
「布団、干しなよ」
芽衣は遊びに来たはずなのに、窓を開けた。
「お客さんが家事を指示しないで」
「この部屋、湿気の匂いする」
「失礼」
文句を言いながら、絢子は敷布団を抱えた。
二人でベランダの手すりへ掛ける。
毛布、枕、クッション。干せるものを全部並べると、部屋は急に広くなった。
「床ってこんなにあったんだ」
「普段、布団が住んでるから」
「家賃半分もらえば」
掃除をするつもりはなかった。
二人は空いた床へ寝転び、天井を見た。布団がないので背中が硬い。
「休日に何してるの」
絢子が訊く。
「休日」
「説明になってない」
「何もしないのが一番忙しい」
芽衣は目を閉じた。
昼になり、冷凍庫から棒アイスを二本出した。
ミルク味と小豆味。じゃんけんをせず、絢子がミルク、芽衣が小豆を取る。昔から好みが分かれている。
窓辺へ座り、ベランダの布団を眺めながら食べた。
冷たい甘さのあとに、陽に温められた綿の匂いが入ってくる。
話したのは、芽衣の姪が「大人は夏休みがなくてかわいそう」と言ったこと、絢子の職場の給湯室で誰かが毎日同じ匙を曲げること、二人が高校時代に部室のベンチで昼寝をして叱られたことだった。
「今も同じじゃん」
「叱る先生がいない」
「成長した」
「環境が」
午後三時、布団を裏返す。
手のひらへ、日差しの熱が伝わった。
芽衣はそのまま布団へ顔を埋めようとして、絢子に止められた。
「外側、手すりに触れてる」
「細かい」
「湿気には雑なのに、汚れには厳しい」
夕方、布団を取り込む。
部屋へ広げると、乾いた太陽の匂いが一気に満ちた。
二人は並んで飛び込み、しばらく動かなかった。
「これ、休日の正解」
芽衣が布団へ顔を押しつけたまま言う。
「家事したよ」
「ほとんど太陽がやった」
芽衣が帰るころ、床はまた見えなくなった。
けれど布団は軽く、頬へ触れる布がさらりとしている。
絢子は玄関まで見送らず、布団の上から手を振った。
部屋にはミルクと小豆、日に干した綿の香りが残り、だらけた午後をそのまま包めるほど、寝床はふかふかに温まっていた。