ベンチの透明帽子
公園の同じベンチに、老女は毎日座っていた。
夫を亡くしてから、家にいるより人の声が聞こえる場所がよかった。
通学する高校生へ「おはよう」と言い、犬の散歩をする人へ道を譲る。
誰も長話はしない。
冬、ベンチの下に透明な帽子が落ちていた。
かぶると、座っている間だけ姿が消えた。
老女は翌朝、いつもの場所で透明になった。
高校生が二人来て、ベンチへ座った。
「今日、あのおばあさんいないね」
「風邪かな」
「毎朝いるの、ちょっと面倒じゃなかった?」
「うん。でも、昨日みたいに学校行きたくない日は、先に声かけてくれる人がいると助かる」
老女は驚いた。
ただの挨拶が、誰かの朝へ役立っていた。
同時に「面倒」とも思われている。
その両方が可笑しかった。
次に犬を連れた男性が来た。
「ここ、空いてる」
犬へ言い、座る。
「いつもの人、最近顔色悪かったな」
老女は自分の顔色を他人に見られていたことに気づいた。
見守る側のつもりで、心配される側でもあった。
帽子を取って姿を現すと、高校生と男性が悲鳴を上げた。
老女は笑いすぎて咳き込んだ。
「全部聞いた?」
「面倒、から」
高校生は顔を赤くした。
「でも、助かるって言った」
「そっちも聞いた」
老女はその日、病院へ行った。
軽い肺炎で、しばらく入院することになった。
公園の人々へ知らせる方法がないと思っていたが、高校生が学校帰りに病室へ来た。
犬の男性から聞いたという。
二人は互いの名前さえ、入院まで知らなかった。
退院後、老女はベンチへ戻った。
毎朝挨拶をする。
返事をしない人もいる。
高校生には、
「今日は話しかけない方がいい?」
と聞く日も作った。
相手がうなずけば、黙って隣を空けた。
透明帽子は、ベンチの背に掛けておいた。
ある朝、なくなっていた。
代わりに小さな札が付いている。
「今日は見えないまま座りたい人へ」
誰が持っていったのか分からない。
公園には、人から見えたくない朝も、誰かに気づいてほしい朝もある。
老女はベンチの端へ座る。
隣が空いていても、完全な空席とは決めつけない。
まず少しだけ場所を残し、
「おはよう」
と、見える人にも見えない人にも届く声で言う。