リベロのサーブ
最後の練習試合で、紅葉は前衛に立った。
三年間、リベロだった。色の違うユニフォームで後ろを守り、床すれすれのボールを拾う。公式戦でブロックもスパイクも、サーブも打たない。
引退日の最後だけ、顧問が言った。
「好きな位置をやれ」
セッターはエースになり、ミドルはリベロのシャツを着た。百八十センチの主将が床を転げ、小柄な紅葉がネット際で両手を上げる。笑い声ばかりで、点数は誰も数えていなかった。
ローテーションが回り、紅葉がサーブ位置へ来た。
「人生初サーブ!」
倖がネットの向こうで叫ぶ。
「体育では打った」
「部活では初!」
後輩たちがコートの外へ集まった。たった一本なのに、県大会のマッチポイントより見られている。
紅葉はボールを左手に載せた。
いつもは、ここから放たれる球を待つ側だった。打つ人の肩、手首、視線を読み、落下地点へ先に動いた。サーブラインの後ろに立つと、コートが思ったより長い。
「入れるだけでいいよ」
倖が言う。
「そう言われると狙いたくなる」
「無理しないで」
「三年間、無理な球を拾わされたんだけど」
紅葉はボールを上げた。
手のひらに当たる。
球は勢いよく進み、ネットの白帯へ直撃した。そのまま自分のコートへ落ちる。
一秒の沈黙。
倖が腹を抱えた。
「リベロでよかったね!」
「もう一本!」
「最後の一本って言った」
「今のは練習」
「全部練習試合」
「うるさい!」
紅葉はボールを拾った。
今度は笑い声が止まらない。恥ずかしくて、でも逃げる気はなかった。三年間、失敗したスパイクも乱れたサーブも、後ろで何本も拾ってきた。自分の失敗くらい、自分で拾えばいい。
二本目。
低く上げ、腕を振り抜く。
球はネットをかすめて越えた。倖が一歩前へ出る。短く落ちると読んだのだ。
けれど球は空中で伸び、彼女の頭上を越え、エンドラインの内側へ落ちた。
「入った!」
後輩が叫ぶ。
倖は振り返ったまま、両手を腰へ当てた。
「まぐれ」
「サービスエースはサービスエース」
「もう一回」
「最後って言った」
「今のはまぐれだから無効」
「負けるまで言うやつ?」
紅葉は三本目のボールを受け取った。
結局、そのあと五本打って、入ったのは二本だけだった。
最後の部活動で、紅葉は得意なレシーブを一度もしなかった。
それでも帰り道、手のひらに残った一球の重さは、三年間で拾ったどのボールより鮮やかだった。