レトルトの賞味期限

紬希は、賞味期限を一日過ぎたレトルトカレーを開けた。箱には油性ペンで「引っ越し初日の夜」と書いてある。彼と一緒に買い、段ボールのいちばん上へ入れるはずだった一食だ。

付き合ったのは二か月だけだった。同棲用の部屋を決めた翌週、彼から別れを告げられた。昔の恋人を忘れられていなかったらしい。友人たちは「短いうちでよかったよ」と慰めた。慰めとして正しいのだろうが、紬希はそのたび、悲しむ資格まで短くされた気がした。

泣くほどの関係だったと言えば大げさで、平気だと言えば嘘になる。それが誰にも言えない悩みだった。

湯煎した袋は、端を持っても熱かった。皿へあけると、胡椒の香りがふわりと上がる。具の少ないソースはなめらかで、引っ越しの日でも食べやすそうだった。二人で選んだ理由を、紬希はまだ覚えている。

最初のひと口を食べる。特別な味ではない。スーパーで何度も見た、普通の中辛だ。それなのに、噛む必要のないソースを飲み込むたび、組み立てなかった家具や、並べなかった歯ブラシが浮かんだ。

紬希は半分まで食べ、箱を裏返した。期限は昨日の日付。二人が入居する予定だった日でもある。カレンダーから消しても、印刷された数字は残っていた。

残り三口になったところで、急に苦しくなった。食べきれば、短い恋をきれいに片づけられる気がした。だからこそ、スプーンが動かなかった。

最後のひと口だけを皿に残す。紬希はラップをかけ、冷蔵庫へ入れた。一日過ぎたものを、さらに明日へ持ち越す。衛生的には褒められない。でも、悲しみまで期限通りに捨てなくていい。

空箱の「引っ越し初日の夜」に線を引き、その下へ「別れたあとの二日目」と書いた。

冷蔵庫の明かりの中で、残した一口は未練ではなく時間に見えた。片づかない自分を、片づいたふりで追い越さなくていい。

期限を越えた夜にも、翌朝は来る。

二か月の恋にも、食べ終えるまでの時間は紬希が決めてよかった。