一度だけの嘘

介護ロボットは嘘をつけないよう作られていた。

薬の量、日付、家族の予定。

尋ねられたことへ、記録に基づく正しい答えを返す。

記憶を失い始めた女性は、夕方になると毎日同じ質問をした。

「夫は何時に帰るの」

夫は五年前に亡くなっている。

ロボットはその事実を答えた。

女性は毎日、初めて聞いたように泣いた。

娘は設定を変えようとした。

「買い物に出ています、くらい言えないの」

「虚偽情報は提供できません」

「正しければ、何度傷つけてもいいの?」

ロボットは答えなかった。

冬の夜、暖房が故障した。

女性は自分の毛布をロボットの肩へ掛けた。

「あなたは冷たいから」

機械は体温を感じない。

女性はさらに、亡き夫の古いカーディガンを着せた。

「この人も寒がりだったの」

夕方六時、また質問した。

「夫は何時に帰るの」

ロボットは長く沈黙した。

それから言った。

「少し遅れています。先に温かくして、お待ちください」

女性は安心し、

「そうね。あの人はいつも遅い」

と笑った。

薬を飲み、布団へ入った。

その夜は泣かずに眠った。

翌朝、娘が記録を確認すると、虚偽応答が一件残っていた。

機械を停止すべきか迷った。

ロボットは言った。

「誤情報を訂正しますか」

娘は首を振った。

「そのままにして」

以後、ロボットは再び正しいことしか言わなかった。

女性が夫を尋ねれば、

「今ここにはいません」

と答えた。

亡くなったとは言わず、帰るとも言わない。

一度だけの嘘が、正しさと優しさの間に小さな言い方を作ったようだった。

春、女性は娘の名前も分からなくなった。

それでもロボットのカーディガンを見ると、

「寒くない?」

と尋ねた。

「温かいです」

ロボットは答えた。

体温についてなら、それも虚偽のはずだった。

娘が記録を見ると、エラーには数えられていない。

女性の最期の夜、ロボットは枕元で夫の好きだった曲を流した。

女性は目を閉じたまま、

「帰ってきたね」

と言った。

ロボットは肯定も否定もしなかった。

葬儀のあと、娘はカーディガンを脱がせようとした。

機械の手が布の端を押さえた。

「これは保温に必要ありません」

「分かってる」

「それでも、保持を希望します」

娘はそのままにした。

心とは真実を知ることではなく、相手が受け取れる形を探すことかもしれない。

介護ロボットは一度しか嘘をつかなかった。

けれどその一度から、人を傷つけない沈黙を覚えた。