一語違いの和平

外交支援魔術師パルネアは、十か国語を話せなかった。

その代わり、相手の言葉に宿る感情を拾い、同じ意味でも敬意になる語と侮辱になる語を選び分けた。

王国使節ドリスは和平会談の朝、彼女を追放した。

「辞書は揃っている。通訳でもない者へ席を一つ使う必要はない」

最初の挨拶で、ドリスは隣国王へこう述べた。

「長き争いを終え、あなた方を我らの庇護へ迎えたい」

辞書上、庇護は「守る」だった。

だが隣国では、敗れた家畜を囲いへ入れるときに使う語でもあった。

王の眉が動いた。

ドリスは丁寧に言い直そうとして、さらに「従順な友」と続けた。王の側近が立ち上がり、和平案を卓上で二つに裂いた。会談は七分で終わった。

隣国側は退出時、贈答用の白馬まで連れ帰った。「庇護される家畜に返す」との伝言付きだった。国境では会談成功を見越して開けた関門が再び閉じ、待っていた商隊百台が引き返す。剣を抜かずに終えるはずの争いへ、動員令が再発行された。

控室で辞書を投げたドリスへ、老書記が告げる。

「パルネア殿は単語を訳していたのではありません。相手がどの記憶でその言葉を聞くかを、感情支援で確かめていたのです」

正しい言葉を並べた結果、最大の侮辱だけが完成していた。

同じころ、港湾自由市では、パルネアが漁師組合と香料商人の争いを仲裁していた。

彼女は「占有」を「朝だけ借りる権利」と言い換え、双方が同じ桟橋へ署名した。市長クワンは新しい通商官章を差し出す。

「辞書は言葉を同じにする。君は人の受け取り方を同じにできる」

漁師は香料商人へ朝の潮位表を渡し、商人は空く時間に船着き場の修繕費を出した。どちらも譲ったつもりはなく、必要なものを得た顔で握手した。パルネアの机には、次の三組の仲裁予約が並んだ。

その日のうちに、止まっていた七隻の船が港へ入った。

夕刻、王国の早船が着いた。

ドリスの親書には、『和平使節の副官として復帰を命ずる』とある。

パルネアは自由市の契約印を親書の余白へ押した。

「王国使節団との言語支援契約は、会談前に追放された時点で終了しています」