一軒分ずつ増える町
崩れた城下から百五十人が逃れ、木工町の広場で夜を明かした。
空き部屋はある。だが領主が強制的に割り当てれば、受け入れる家にも避難民にも恨みが残る。
町代官ユアンは、役場に大きな家形の板を立てた。
部屋を貸せる家は、人数と期間、鍵の有無、台所を共用するかを自分で記す。受け入れ後も双方が三日前に申し出れば組み合わせを変えられ、そのことを理由に補償金を没収しない。避難民は希望する家札を選び、双方が同意して初めて成立。寝床一つにつき固定の補償金を町から払い、財源は床面積百畳を超える倉庫にだけ月一銀貨。倉庫名、徴収額、支払先はすべて公開する。
「大倉持ちへの罰か」
材木商が顔をしかめた。
「屋根の多い者が、屋根のない時期だけ少し支える税です。三か月後に廃止日も書いてあります」
補償金は家主の言い値にせず、寝床一つにつき同額。裕福な避難民から上乗せを取ることも禁じた。
初日は家札が三枚しか掛からなかった。
最初の面談では、パン屋が「朝は早い」と伝え、避難民の母親が「子が物音に弱い」と断った。ユアンは別の静かな家札を勧め、誰も不利益を受けなかった。その話が広がった翌朝、別の二人を受け入れたパン屋はこう書き足した。
『夜泣きの子でも可。パンの手伝い不要』
避難民が労働を断れば追い出されるのではない、と町の者が理解した。
鍛冶屋が一室、未亡人が屋根裏、材木商まで離れを登録した。
避難民の大工たちは住居の対価ではなく、正規の賃金で空き倉庫を小部屋へ改装した。町の見習いたちは仕切り壁の作り方を教わり、工事が進むほど家札は増えた。
三か月目、予定どおり倉庫税は終了した。
残金は一軒分の新築費になった。誰へ与えるかを抽選にすると、当たった避難民の家族は首を振った。
「私たちはパン屋の隣に住み続けたい。新しい家は、次に来る人へ」
夕方、完成した小さな家の扉へ番号札が打たれた。
町の古い通りは十二番までだった。
子どもが金槌を握り、新しい札をまっすぐ留める。
『十三番地 空室』
それは空っぽの家ではなく、木工町が一軒分だけ大きくなった証だった。