七時の画面
午後七時になると、母はビデオ通話をかけてくる。
朋花はコンビニのカルボナーラを机に置き、今日も画面を立てた。母の顔が現れるより先に、カメラを皿へ向ける。
『またそんなもの。野菜は?』
「昼に食べた」
『見てないものは信用できないわ。冷蔵庫を映して』
「今、食べるところ」
『だから確認するだけよ。部屋も散らかってるんじゃないでしょうね』
母の声に合わせるように、電子レンジが終了音を鳴らした。朋花は毎晩、食事が冷めるまで部屋を映した。流し、冷蔵庫、洗濯物。母が安心すると、ようやく「いただきます」と言えた。
今日は、スマートフォンを伏せた。
画面が黒くなる。
『何も見えない』
「見せてないから」
『カメラ戻して』
「戻さない」
『朋花ちゃん、顔くらい見せなさい』
「食事中はビデオ通話しないことにする」
母の声が少し遠くなった。向こうでテレビの音が消える。
『急にどうしたの。何か隠してるの?』
「夕飯」
『それは見えてたでしょう』
「見せるために食べてるんじゃない」
朋花は容器のふたを開けた。白いソースの表面に、黒こしょうが少しだけ散っている。母なら「脂っこい」と言うだろう。麺をひと巻きし、口へ運ぶ。まだ温かい。
『お母さんは心配してるだけ』
「うん」
『じゃあ映して』
「心配しても、映さない」
『倒れてたらどうするの』
「連絡がなければ、翌日にメッセージして」
『翌日じゃ遅いこともあるでしょう』
「それでも、毎日点検される暮らしはやめる」
言葉を選んでいるうちに、麺から湯気が薄くなった。朋花はもう一口食べる。母が何か言い続けている。画面を伏せても、音だけは入ってくる。
「切るね」
『待ちなさい。せめて食べ終わるまで――』
「食べ終わるところを見せたくない」
通話を終了した。
数秒後、メッセージが届く。
〈明日は出なさい〉
朋花は返信欄へ、〈日曜なら音声だけ〉と打った。送信する前に読み返し、「なら」を「は」に直す。
〈日曜は音声だけ。七時から十分〉
既読が付いたが、返事は来なかった。
朋花はスマートフォンを別の椅子へ置いた。誰にも見られていない食卓は、少し散らかっていて、静かだった。カルボナーラは途中から固まり始めたが、急かされずに食べると、黒こしょうの粒まで分かった。
食べ終わった容器をすぐには片づけず、椅子の背にもたれる。
七時二十分。画面は暗いまま、朋花の部屋だけが続いていた。