三枚目のナプキン
中条莉子は、恋人へ送る別れの文章を二つ用意していた。
一つ目は長すぎた。二つ目は冷たすぎた。カフェ〈三角〉のテーブルで三つ目を書こうとすると、バリスタの御厨柊が紙ナプキンを三枚置いた。
柊は何でも三角に折る。砂糖の袋も、レシートも、布巾の角も。三枚目のナプキンだけは折らずに残す。
「三枚目は、使いません」
莉子は、同棲の話を半年延ばされていた。恋人は仕事が落ち着いたらと言うばかりで、物件の内見もキャンセルした。別れを切り出せば、本気で引き留めてくれるのではないか。そんな期待を隠し、文章を柊へ見せた。
「どちらが伝わりますか」
「別れたいことが?」
「そうです」
「では、どちらも伝わりません」
柊は一枚目のナプキンへ『事実』、二枚目へ『希望』と書いた。
「事実は、同棲の約束が半年動いていない。希望は?」
「もう待てない」
「それは期限です。希望は?」
莉子は答えられなかった。鞄には、二人で選んだ部屋のパンフレットと、恋人へ渡す予定だった合鍵がある。別れたい人は、合鍵を磨いて持ち歩かない。
「一緒に住みたいです。でも、私ばかり望んでいるみたいで嫌なんです」
「秘密は、その一文ですね」
柊は三杯目ではなく、同じ珈琲を小さなポットへ足した。話が終わるまで冷めないようにするためだった。
「別れ話を、愛情確認の試験に使わない。相手が答えを間違えたら、本当に終わります」
「じゃあ、何て言えば」
「事実と希望。そのあと、相手の事情を訊く」
莉子は一枚目に『半年、話が進んでいない』、二枚目に『私はあなたと暮らしたい。待てる期限を一緒に決めたい』と書いた。
三枚目は白いままだった。
「これは?」
「相手の返事を書く場所です」
「メッセージで送るなら要りません」
「送らないでください。顔を見て話す相談です」
柊は店の充電器を貸し、恋人へ『今夜会って話したい』とだけ送らせた。すぐに、『行く。延ばしてる理由も話す』と返事が来る。
会計のとき、莉子は三枚目を捨てようとした。柊が取り上げ、三角ではなく小さな封筒へ折る。中へ合鍵を入れた。
「三枚目は使わないんじゃ?」
「書き殴るためには使いません」
柊は封筒を莉子へ返した。
「渡すか、持ち帰るか。話を聞いてから決めるために残します」
莉子が出ていくと、柊は次の客へまた三枚のナプキンを置いた。最初の二枚を三角に折り、三枚目だけを、扉の形に立てた。