三週間着たドレス
高級ブティックで、月見塚迅平は白いドレスをカウンターへ投げた。
「縫製が悪い。全額返金しろ。婚礼写真も台無しになったから、撮影代も負担しろ」
ドレスの裾には泥、襟には化粧、脇には香水の匂いが残っていた。店員が購入から三週間経ち、着用済み商品は返品できないと説明すると、月見塚は声を荒らげた。
「一度試着しただけだ。客を嘘つき扱いするのか。今すぐ店長を呼べ。SNSで不良品として晒すぞ」
試着室前で待っていた、黒いスーツの大男が立ち上がった。御影谷宗久。眉が太く、首元には花の刺繍が覗いている。
「そのドレス、先週の結婚式で着ていましたね」
月見塚が睨む。
「知り合いでもないのに、何を言ってる」
御影谷は名刺を出した。婚礼衣装専門のクリーニング会社社長で、繊維製品の鑑定人でもある。偶然、同じ式場で別の衣装を回収しており、月見塚がドレス姿で階段を歩くところを見ていた。
店員が購入時の電子タグを読み取った。タグは着用中の温度・湿度変化を記録するものではないが、店外持ち出しと再入店の日時は残る。さらに月見塚の公開アカウントには、問題のドレスで披露宴、二次会、屋外撮影へ参加した写真が三十枚以上投稿されていた。
「写真は合成だ」
御影谷は裾を確認した。
「泥は式場庭園の赤土。ワイン染みを漂白剤でこすったため、生地が変色しています。縫製不良ではありません」
月見塚は店員へ「返金しなければ個人名を出す」と迫った。
御影谷は低い声で遮る。
「正当な評価を書く自由はあります。しかし、三週間着た事実を隠し、虚偽の不良を公表すると告げて返金を求めるなら、店も記録を保存して対応できます」
店長は返品を拒否し、鑑定書と規約の写しを渡した。さらに月見塚がドレスを投げた際に壊した展示台の弁償も請求する。
御影谷は、修復可能なら通常料金で受けると提案した。月見塚は無料で直せと怒鳴ったため、依頼も断られた。
返品申請が〈着用・加工済みのため否認〉と確定し、月見塚の投稿写真が証拠保存された瞬間、一度も着ていないと叫んだ男だけが、三週間分の自慢を自分で返品不能の証拠に変えた。