世界一バズった企画書
広告会社の有銘拓巳は、社内共有した企画書の閲覧数を見て椅子から立った。
〈閲覧数 1,204,881〉
公開から一晩。社内人数は八百人だ。
「外へ漏れた。そして世界が反応した」
隣席のデザイナーが画面をのぞく。
「題名は〈春の傘キャンペーン案・仮〉ですよね」
「“仮”だからこそ完成を想像させた」
「一枚目、まだ白紙です」
「余白が国境を越えたんだ」
部長が走ってきた。
「百万ビューは本当か?」
「数字が示しています」
「SNSの反応は?」
「検索中です」
「引用は?」
「まだ見つからない」
「静かなバズ?」
「理解が深いほど、人は言葉を失います」
緊急チームが組まれた。
広報は海外向け声明を作り、営業は傘メーカーへ電話した。
「生産数を百倍に」
「案が白紙ですが」
「世界が待っている」
「何色を?」
「余白色」
「白ですか?」
「概念としての白だ」
役員会では、拓巳が成功要因を語った。
「情報を詰め込まない勇気です」
「キャッチコピーは?」
「まだない」
「だから誰もが自分の言葉を投影した」
「写真は?」
「未挿入」
「世界初の無広告広告!」
拓巳は、自分でも何を言っているのか分からなくなったが、役員たちはメモしていた。
海外賞への応募、書籍化、講演会まで決まった。
「題名は『白紙で一億人を動かす』」
編集担当が言う。
「現状は百二十万人です」
「未来を先取りした題名だ」
「本文も白紙に?」
「それは出版事故になる」
午後、情報システム部員が会議室へ入った。
「閲覧数の原因が分かりました」
拓巳は腕を組む。
「世界的共感ですね」
「一階ロビーの大型モニターです。昨日から企画書を表示したまま、毎秒十回、自動更新していました」
「モニター一台で?」
「閲覧を更新ごとに数える設定でした。実際の閲覧者は七人です」
「七人も?」
「うち五人は検証担当です」
役員が白紙の一枚目を見つめた。
「では世界は?」
「まだ見ていません」
拓巳は企画書へ初めて文字を入力した。
〈まず、傘の写真を入れる〉
最強のバズ企画は、そこから普通に始まった。