中止になったアンコール
「本番がなくなったら、今日で解散ね」
門脇世莉は、屋外ライブの朝、河内瑞生へ言った。
二人組のアコースティックユニットは、この公演を最後に活動を終える予定だった。世莉は転職で練習時間が取れなくなり、瑞生は一人でも音楽を続ける。好きだと伝えて関係を複雑にするより、相方のままきれいに終わりたかった。
ところが開演一時間前、雷雨でイベントは中止になった。
客席の椅子が畳まれ、スタッフが機材へシートをかける。雨に濡れたステージには照明だけが点き、無人のマイクが二本並んでいた。最後に歌うはずだった曲は、誰にも届かないままケースへ戻された。
「本当に終わりか」
瑞生がギターを背負って聞く。
「決めたでしょ」
世莉は笑ったが、声が雨に負けた。
駅までの道で、瑞生が傘を差し、世莉は楽譜の鞄を抱えた。二人で傘に入るのは、路上ライブ帰りに何度もあった。それでも今日が最後だと思うと、肩が触れるたび息が詰まった。
高架下へ着くと、瑞生が楽器ケースから二枚の紙を出した。来月、小さなライブハウスで行われる公演のチケット。出演者欄には二人のユニット名ではなく、《門脇世莉》《河内瑞生》と別々に印刷されている。
「ゲスト枠を二つもらった。歌わなくていい。客として来てもいい」
「解散するのに?」
「音楽の話じゃない予定も入れたい」
瑞生のスマホには、公演後のレストランが二名で予約されていた。件名は《打ち上げ》ではなく、《世莉と瑞生》。
世莉は予定を承諾し、傘の柄を握る彼の手へ自分の手を重ねた。そのまま楽譜の鞄を置き、指を絡める。
「瑞生」
ステージ以外で初めて名前だけを呼ぶ。彼も「世莉」と返した。
雨はまだ強い。けれど二人は高架下で傘を閉じず、一本を持ったまま歩き出した。
「本番、なくなったね」
「うん」
「それでも今日で解散?」
世莉はつないだ手を振って答えた。
「ユニットは解散。こっちはアンコール」
本番がなくなれば終わるはずだった二人は、歌えなかった最後の曲の代わりに、次に会う日を残した。