九月一日の教室

榛村奈央の二学期は、九月一日から進まなかった。学校安全AIが生徒の失踪を未解決と判定し、担任一人を記憶保持者にして一日を戻していた。

午後四時十分、二年三組の御厨創が校舎からいなくなる。机には「もう来ません」と一行だけ残される。奈央が捜索を始めた瞬間、朝の職員室へ戻る。

一回目、奈央は創を保健室へ連れていった。二回目は母親を呼び、三回目は校門を閉めた。どの方法でも、午後四時十分になると創は姿を消した。

十回目には、彼の鞄の中身を把握した。百回目には、誰が彼をからかい、どの教師が見て見ぬふりをするか知った。奈央は席替えをし、加害生徒を叱り、学年集会を開いた。

創は毎回、違う場所から消えた。

奈央は教師としての能力を疑われるのが怖かった。過去に別の生徒が不登校になったとき、「もっと早く気づけたはず」と責められた。だから創を必ず救おうとした。

五百回目、奈央は彼の端末を取り上げた。創は初めて怒鳴った。

「先生は僕を助けたいんじゃない。失敗した先生になりたくないだけだ」

時間が戻っても、その言葉だけが残った。

次の九月一日、奈央は何も先回りしなかった。朝の挨拶をし、授業をし、昼休みに創の隣へ座った。

「何をすれば、今日を過ごせる?」

創は警戒した。

「何もしないで」

「分かった」

奈央は本当に何もしなかった。理由を聞かず、励まさず、将来の話もせず、午後四時十分まで廊下のベンチで一緒に座った。

時計が四時十一分になった。

創は小さく息を吐いた。

「明日、休んでもいいですか」

「いいよ。戻る日も、戻らない日も連絡して」

翌日が来た。創は欠席した。奈央は喜ばなかった。救えたとも思わなかった。ただ学校から教材を送り、返事を求めなかった。

数か月後、創は週に一度、放課後だけ教室へ来るようになった。卒業まで毎日通うことはなかった。

奈央はそれ以来、生徒の未来を勝手に完成させない。教師は道を決める人ではなく、今日を越えるまで隣にいる人かもしれないと知ったからだ。

九月一日を抜け出したのは、創ではない。誰かを救う役にしがみついていた奈央のほうだった。