二人きりなら決行
「二人きりなら、中止にしよう」
日帰り旅行の前夜、鮎川菜摘はグループチャットへそう書いた。
六人で行くはずだった山あいの温泉町。ところが発熱、休日出勤、家族の用事が重なり、残ったのは菜摘と須賀要だけになった。
要とは何度も二人で食事をしている。それでも最初から二人の旅行となれば、意味が変わる気がした。共通の友人たちにからかわれることより、要に「ただの友達なのに」と困られるのが怖かった。
行程表を作ったのは要で、菜摘の好きな甘味処だけ遠回りして組み込まれていた。中止になれば残念なのは温泉より、彼と一日過ごす予定が消えることだった。
《了解。切符は俺が払い戻す》
届いた返信を見て、菜摘は安心したふりをした。
翌朝、目が覚めると、予定していた電車の発車まで一時間だった。菜摘は迷った末、駅へ向かう。切符を返しに行くだけだと自分へ言い聞かせた。
改札前には要がいた。旅行用の小さな鞄と、二人分の切符を持っている。
「払い戻すんじゃなかったの」
「菜摘が来なかったら、そうするつもりだった」
要は一枚を差し出す。菜摘は切符ではなく、その手をつかんだ。
「二人きりだよ」
「知ってる」
「デートみたいになるよ」
要は答えず、発車案内を指した。次の便では予約した川沿いの席に間に合わない。さらにスマホには、昼食の二名予約と、帰りの指定席。その次の週末には、旅先で見つけたら行こうと話していた映画の予定まで入っている。
菜摘は切符を受け取り、四人へ《予定どおり行ってくる》とだけ送った。誰からも理由を聞かれる前に、グループチャットの旅行名《六人で温泉》を削除した。個人予定へ《菜摘と要の旅行》と登録し、画面を見せる。
要が初めて名字を外して呼ぶ。
「菜摘、乗る?」
「乗る。次も二人で行くなら」
菜摘はつないだ手を引き、改札を通った。ホームへ下りても、座席へ着いても、要は離さない。窓の外を朝の町が流れ始める。
二人きりなら中止にするはずだった。
けれど欠けた四人分の席が、二人の予定を初めて旅行ではなく、次へ続く約束にした。