二十三時五十九分の退勤
勤怠システムの夜間サポートで、甲斐谷望が午前五時四十五分の終了札を出した直後、病院職員から最後の問い合わせが来た。
〈昨日の残業三時間が消えました。上司には、私の打刻ミスだから直せないと言われています〉
画面上の退勤時刻は二十三時五十九分。翌日の始業は午前零時〇一分、最終退勤は午前四時になっている。後輩は「日付をまたいで二回打刻したため、別勤務として処理されています」と定型回答を用意した。
望は勤務予定を開いた。本来の夜勤は十六時から翌一時までで、その日は四時まで残業していた。古い端末が日付変更時に勤務を自動で分け、零時一分以降を翌日の予定外勤務として集計から外している。同じ病棟の七人が、毎晩同じ形になっていた。
「利用者の打刻ミスじゃない。端末の『日またぎ勤務を結合』設定が外れている」
望は病院側の管理者へ、該当日の勤務を一つへ統合する修正手順を案内した。七人分を一括で直せるよう、個別申請ではなく端末障害として扱う。後輩には、回答文から〈ご本人の操作〉という言葉を削ってもらった。
「一人だけの問い合わせなら、操作だと思いますよね」
「一人の声から、同じ時間の人を探す。給与に関わるときは、本人の説明より先に記録を疑っていい」
病院の管理者が再集計すると、消えていた残業が戻った。問い合わせた職員から、〈私だけではなかったんですね〉と返信が来た。望は七人分の修正結果を一人ずつ確認し、残業時間だけでなく深夜割増の再計算まで反映されたことを確かめた。見えなくなっていたのは三時間だけではなかった。
望は日付変更前後の打刻を自動で点検する条件を作り、製品チームへ修正要望を送った。夜間窓口で同じ説明を繰り返すより、原因を一つ消すほうが多くの人の朝を変えられる。
彼女はカスタマーサポートのまま主任になる打診を受けていた。人をまとめることは嫌いではない。でも、謝る文章を上手にするより、謝らなくてよい仕様を作りたかった。
退勤前、望は主任面談を辞退し、プロダクト運用職の社内選考へ応募書類を提出した。