二本の充電器
深緒の部屋には、同じ型の充電器が二本あった。
一本は自宅用。もう一本は、拓海の部屋へ置いていたものだ。結婚後は拓海の住む街へ移る予定で、自宅用だけ処分するつもりだった。
その朝、会社から地方支社への異動打診が来た。期間は三年。受ければ念願の企画職へ移れる。拓海の街とは逆方向で、新幹線でも四時間かかる。
返答は午後五時まで。拓海には昼休みに電話した。
「異動、断ってほしい」と彼は言った。
深緒は、応援してほしかった自分に気づいた。同時に、拓海が生活を変える気はないまま「結婚しよう」と言っていたことにも、初めて気づいた。
「私がそっちへ行くのは、当然だった?」
電話の向こうで、長い沈黙があった。
二本の充電器を机へ並べる。一つの街にまとめれば、荷物は減る。異動を受ければ、二本とも必要になる。便利さだけなら答えは明らかだった。
拓海の部屋の充電器には、彼が巻いた白いテープが残っていた。自宅用には、深緒が青い印をつけている。見分けるための印なのに、並べるとどちらが自分のものか、むしろ迷った。
二十九歳になる前に結婚できなければ、という焦りが、深緒を拓海の街へ押していた。企画職を逃したら、という焦りは反対側から引いた。どちらも「今しかない」と叫ぶ。
窓の外で、夕方の電車が拓海の街とは反対へ走った。行き先表示は遠すぎて読めなかったが、向きだけは分かった。
深緒は人事へ電話した。
「異動を受けます」
担当者が配属日を告げる。深緒は復唱し、メモした。
電話を切ったあと、拓海へ〈結婚をやめたいわけじゃない。でも、私だけが移る前提では決めない〉と送った。すぐに既読になり、返事は来なかった。
拓海の部屋用だった充電器を、返す荷物の箱へ入れようとしてやめた。異動先へ持っていく箱に入れる。彼との関係が続いても終わっても、必要になるのは自分の端末を動かす電気だった。
深緒は二本を別々のポケットへしまい、午後五時の前に異動承諾書を送信した。