人参の赤い角
立花文音の父は、ポテトサラダの人参だけを皿の端へよける。
子どものころから変わらない。文音が注意すると「彩りとして置いてある」と言い張る。明日から文音が入院することになり、父は実家から泊まりに来ていた。
治療の説明を聞いた父は、帰宅してから口数が減った。代わりに、入院バッグへ靴下を六足も詰めた。文音は二足を戻し、台所でじゃがいもの皮をむいた。
「夕飯、買ってくるぞ」
「人参が残ってるから使う」
冷蔵庫には小さな人参が一本あった。父がよけられないほど細かく刻むことが、今夜の用事になった。
じゃがいもをゆで、熱いうちにつぶす。酢を少し入れる。きゅうりは塩でもみ、ハムを短冊に切る。人参はまず薄い板にし、細い棒へ切り、最後に角切りにした。まな板の上へ赤い粒が増えていく。
父は食卓で病院までの経路を調べていた。乗り換え案内を何度も更新し、最短と楽な道のどちらにするか決められない。文音は人参をゆでる時間だけ測った。
全部を混ぜ、マヨネーズを加える。いつもより白こしょうを多く振った。二人の皿へ山を作り、夕飯はポテトサラダだけにした。
父は一口目で人参に気づいた。箸で探そうとしたが、粒が小さすぎてじゃがいもと分かれない。諦めてそのまま食べる。
「手が込んでるな」
「残されると面倒だから」
父の皿は空になった。文音も最後のきゅうりを食べ、残りを保存容器へ移す。表面をスプーンの背で平らにならし、赤い粒が一か所へ偏らないよう整えた。
父は一皿目を食べ終えたあと、鍋に残った分を自分でよそった。赤い粒をよける余地はもうなかったが、今度は探そうともしない。文音は父の箸が止まらないうちに、入院バッグから多すぎる靴下をもう一足だけ取り出した。父は気づかず、二皿目の表面を箸で平らにした。空いた大皿には、人参の赤い角が一つも残らなかった。
父が冷蔵庫を開ける。文音は容器を中央へ置き、透明な蓋を両手で押した。空気が抜け、小さな音が一度だけした。